2017.9.4 18:50

高山善廣、過去に脳梗塞から復帰 サラリーマン生活も経験した“プロレス界の帝王”

高山善廣、過去に脳梗塞から復帰 サラリーマン生活も経験した“プロレス界の帝王”

高山善廣

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 プロレスラー、高山善廣(50)の公式ブログが4日、更新され、5月4日のDDT豊中大会で負ったけがが、「頸髄損傷および変形性頚椎症」と診断され、「現在、首から下が動かない状況」であると報告した。「厳しいリハビリ、怪我と闘っております」としている。

 高山は以前、過去に例を見ない脳梗塞(こうそく)からの復帰を果たしていた。2004年8月8日。大阪府立体育会館で行われた新日本プロレスの試合で頭から落とされ、首のあたりがコチコチに硬くなり、それまで味わったことのない疲労を感じていた。試合を終え、控室のいすに座り取材を受けていたとき、異変は起こった。頭で考えた言葉が出てこない。取材が終わり、立ち上がった瞬間、右手に握っていた勝利者賞の封筒が滑り落ちた。右半身がしびれ、立っていられなくなった。救急車で病院に運ばれた。

 発見と処置が早かったおかげで翌朝にはベッドで座ることができたが、最初ははしで豆などの小さなものがつかめず。平らな場所でもすぐにつまずき、文字は小学生が書くような汚い字だった。リハビリは自宅近くの公園を歩くことから開始。退院後1カ月で一般的なトレーニングができるまでになった。肉中心の食生活を改め、体を引き締めた。06年7月16日、ノア日本武道館で復帰を果たし、2年ぶりにスポットライトを浴びた。

 高山は東海大学在学中にプロレス団体「UWF」に入団したが、約1カ月で合宿所から逃げだした。その後は江の島でライフガードなどをして過ごし、大学卒業後はサラリーマン生活も経験した。

 転機はまもなく訪れた。以前所属したUWFが分裂、新たに「UWFインターナショナル」が立ち上がり、数週間悩んだ末に入団テストを受け、会社に辞表を提出。UWFインターナショナルが解散すると、キングダム、全日本プロレス、ノアと団体を渡り歩いた。その後はフリーの立場で、さまざまな団体のリングに立ち、“プロレス界の帝王”の異名をとった。

 高山はこの日、DDTの公式サイトを通じてコメントを発表。「私のために仲間たちが集まって、私のために色々とやってくれると聞き、感謝の気持ちしかありません。リハビリ頑張りますので今後ともよろしくお願いします」と必死に前を向いた。奇跡の復活を遂げ以前同様、右足を高々と上げ、軽々とトップロープをまたぐ姿をみせてほしい。