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【二十歳のころ 室伏広治(3)】ハンマー投げへの思い強まったボブスレー挑戦

【二十歳のころ 室伏広治(3)】

ハンマー投げへの思い強まったボブスレー挑戦

特集:
二十歳のころ

 実は、1998年の長野冬季五輪に出場するチャンスがあった。競技はボブスレーだ。

 96年12月、22歳のときに日本代表の強化合宿(長野)に参加させてもらった。五輪出場枠の獲得が決まっていなかったことから連盟は強化を図っていてね。その年の夏、たまたま受けた体力測定(60メートル走、ベンチプレスなど6種目)で運動能力を見込まれて、挑戦する流れになった。

 中京大の先輩がボブスレーをやっていた縁もあった。当時は陸上の投擲(とうてき)選手が挑む機運の高まりがあって、中でも僕は先駆けだったと記憶している。

 94年リレハンメル五輪代表の脇田寿雄さんと組んだ2人乗りで、僕はブレーカーを担った。スタートでそり(長さ約3メートル、重さ約200キロ)を押し出すため、パワーと走力が求められる。そりに乗ってコース(全長1360メートル、標高差113メートル)を滑り降りた。

 当時、新聞に「怖くてうつむいた」なんて書いてあったけど、空気抵抗を受けないようにするため、うつむくのは間違っていない。とにかくスピードがあって、「何が何だか分からないうちに、うつむいたままゴールしていた」というのが正しい感覚だったように思う。日本代表の武田雄爾(ゆうじ)監督は、僕の参加で「スタートが100分の3秒とか5秒とか速くなる」なんて評価してくれた記憶があるけど…。

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