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アリ氏死去に安部譲二氏「F1レースのマシンが公道を走っているようだった」

アリ氏死去に安部譲二氏「F1レースのマシンが公道を走っているようだった」

アントニオ猪木戦を控えて来日、記者会見で両手を挙げるムハマド・アリ氏(中央)=1976年6月、東京都内のホテル

アントニオ猪木戦を控えて来日、記者会見で両手を挙げるムハマド・アリ氏(中央)=1976年6月、東京都内のホテル【拡大】

 米NBCテレビなどは4日、呼吸器系の病気で入院していたボクシングの元世界ヘビー級王者のムハマド・アリ氏が死去したと報じた。

ボクシングに詳しい作家安部譲二さんの話「僕にとっては、ムハマド・アリというよりも、改名前のカシアス・クレイの登場が衝撃的だった。バンタム級のように華麗なフットワークをヘビー級に持ち込み、まさにF1レースのマシンが公道を走っているかのようだった。ヘビー級全体のレベルを押し上げた。彼はベトナム戦争への徴兵の拒否もした。(当時の米国で)戦争なんてやってはいけないという主張を貫いたのがすごい。大変な男だよ。そういう意味では、ボクシングという枠を超えた存在だった」

スポーツ評論家の玉木正之氏の話「彼の人生はどこを切り取ってもほかに誰もまねができないほど強烈だ。ボクサーとしては技術を駆使して数々の勝利を手にし、力で押すという、それまでのヘビー級の概念を覆した。人種差別と闘い、徴兵を拒否するなど、自分の考えをはっきりと示す「表現するスポーツマン」の先駆者として、ボクシングやスポーツ以外の分野の人々にも多くの影響を与えた。功績は多岐にわたる。こんなボクサーは二度と現れないだろう」

元ボクシング世界王者の具志堅用高氏の話「(アントニオ猪木氏との異種格闘技戦の際に)生で見たいと朝6時くらいから(ホテルで)待っていた。エレベーターから赤いじゅうたんが敷かれて(ロードワークのために外へ)走っていった。大きくて力士みたいだった。目いっぱいリングを使って、みせるボクシングだった。まねはしたけど、できない。五輪の聖火の時も感動した。もう一度、日本に来てほしかったな」

ボクシング好きの俳優石坂浩二の話「天才的なボクサーで、ヘビー級は米国のものという時代の一番洗練されたスターだった。ヘビー級であれだけスマートに闘い、格好良かった。ボクシングにきちんとした戦略があることを教えられた。ディフェンスも体が柔らかいので、体全体でパンチを避けていた。(徴兵拒否を聞き)私たちもきちんと話し合った方がいいという気持ちにさせられた。同世代感があった。病気が長かったようだが、残念です」

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  • 1976年6月、格闘技世界一決定戦でプロレスのアントニオ猪木(右)と対戦したプロボクシングの世界ヘビー級王者ムハマド・アリ氏=日本武道館
  • 1976年6月、格闘技世界一決定戦で、プロレスのアントニオ猪木(右)と対戦するプロボクシングの世界ヘビー級王者ムハマド・アリ氏=日本武道館(UPI=共同)
  • 1976年6月26日、プロボクシング世界ヘビー級チャンピオンのムハマド・アリ(米国、左)とプロレスラーのアントニオ猪木が対決=日本武道館
  • ムハマド・アリ氏(UPI=共同)