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大橋秀行・リーグ戦の記憶/BOX

大橋秀行・リーグ戦の記憶/BOX

特集:
関東大学ボクシングリーグ戦
大橋ジムでチャンピオンベルトをバックにして

大橋ジムでチャンピオンベルトをバックにして【拡大】

--専修大学ボクシング部時代の記憶

 「当時のリーグ戦は8オンス、ヘッドギアーなし。高校生の時は10オンス、ヘッドギアーありだったので、グローブが小さくなり、パンチが当てやすく、KO・RSCが増えた。プロはさらに6オンスとなって小さかったので、グローブが小さくなるにつれて私はパンチが当てやすかった。大学1年生で中退したが、リーグ戦は3戦全勝、全RSC勝ち。大学時代の戦績は11勝10RSC勝ち。負けたのはロサンゼルスオリンピック選考会で黒岩悟選手に敗れただけ。黒岩選手とは、スパーリングではいい勝負だったが、試合では完敗した。あまりに完敗だったので自分もビックリした。高校を卒業してすぐに大学リーグ戦に出場する1年生と4年生では、大人と子どものように体格、パワーが違った印象がある。当時の専修大学は1部リーグに所属しており、私が1年生の時の結果は1部リーグ最下位だった。日大と戦った時は1対8で私しか勝たなかった」

 「1部リーグ最下位ではあったが、練習は厳しかった。名門・横浜高校ボクシング部で厳しい練習をしてきたが、さらに厳しかった。加えて、大学1年生という最下級生のため雑用もこなした。専修大学「生田寮」の部屋は、1部屋には二段ベッド2台、各部屋、1年生から4年生、各学年4人が生活していた。朝6時に起床、「おはようございます。起床お願いします。」と各部屋の上級生を起こして、ロードワーク。夕方のジムワークは16時から18時までみっちりだった」

 「当時は携帯電話もポケベルもなく、寮にある公衆電話は1台しかなく、他の部員が使っていてなかなか使えない。19歳から交際している当時の彼女で、今の妻とも電話で待ち合わせ場所を決めて、約束した場所で待っていてもらった。部屋にスピーカーが付いていて、部員あてに電話が寮にかかってくると、部屋のスピーカーで呼び出された。専修大学1年生の時の4年生には、レスリングの馳浩先輩・現文部科学大臣やスピードスケートで有名な黒岩彰先輩がいた」

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