2015.11.21 05:02

八角親方、理事長代行に 「北の湖部屋」は山響親方が継承へ

八角親方、理事長代行に 「北の湖部屋」は山響親方が継承へ

北の湖理事長が亡くなった済生会福岡総合病院を出る八角親方

北の湖理事長が亡くなった済生会福岡総合病院を出る八角親方【拡大】

 大相撲第55代横綱で優勝24回を誇る日本相撲協会、北の湖理事長(本名・小畑敏満=おばた・としみつ)が20日、直腸がんによる多臓器不全のため、死去した。62歳だった。理事長在職中の死去は昭和43年に亡くなった元横綱双葉山の時津風理事長以来で、協会ナンバー2の八角事業部長(元横綱北勝海)が理事長代行を務める。また、力士は所属部屋がないと土俵に上がれないため、「北の湖部屋」は部屋付きの山響親方(元幕内巌雄)が「山響部屋」として継承する方針。

(紙面から)

  • 病魔と闘いながらも北の湖理事長は公務をこなした=10月1日
  • 千代の富士(右)を寄り切る北の湖。翌年、引退した=昭和59年、夏場所
  • 昭和49年初場所初日で横綱輪島(右)を下す関脇北の湖
  • 昭和51年5月、横綱輪島(左)と握手をかわす横綱北の湖
  • 北の湖理事長が亡くなった福岡市内の病院には大勢の報道陣が訪れた(撮影・中川春佳)
  • 昭和50年5月、優勝掲額の前で健闘を誓い合う本命の北の湖と貴ノ花
  • 18歳7カ月で新入幕を果たし、番付を手に喜ぶ北の湖=昭和46年12月
  • 昭和46年4月、十両昇進が決まり、後援会から贈られた化粧まわしを手にする北の湖
  • 昭和52年3月、見事なすくい投げで若三杉を破り優勝を決めた北の湖(奥)
  • 昭和49年7月、北の湖横綱に、松ヶ根審判委員(手前左)から横綱を伝達され「お受けします」とこたえる北の湖