2015.11.4 10:00(2/5ページ)

【デキる選手の育て方2015】サオリン後継者・バレー次世代のエース古賀紗理那

【デキる選手の育て方2015】

サオリン後継者・バレー次世代のエース古賀紗理那

特集:
鬼筆「徹也の部屋」
全日本のエース格に成長した古賀

全日本のエース格に成長した古賀【拡大】

【(1)移籍を希望、本人の決断を見守る】

 2013年に16歳で日本代表に選出された古賀は、日の丸を背負っての海外遠征やVリーグで経験を積み、バレーボール女子の新星としてスポットライトを浴びる。次世代のエース候補は父の転勤で、生まれ故郷の佐賀から熊本に6歳で移り住み、小2からバレーを始めた。

 中学、高校時代に競技経験のある母・博枝さんの「女の子が生まれたらバレーをさせたかった」という思いで、姉の麗那とともに幼いころからママさんバレーに連れて行かれた。母の目には、古賀は競技開始時からダッシュやパスのフォームがさまになり、才能の片鱗(へんりん)を感じさせていた。

 週1、2回の練習をこなし、小2の3月に地元の大会に出場。そこで競技人生を左右する“出会い”があった。対戦したチームは「大津ジュニア」。週6日を練習に費やし、厳しい内容でしごきにしごかれる、当時の所属チームとは対照的な相手だった。

 結果は惨敗。父・裕正さんが「0点で負けていました。あまりに差があった」と苦笑いを浮かべるほど。この敗戦が古賀の転機となった。大津ジュニアへの移籍を希望したのだ。

 両親が薦めたわけではなかった。博枝さんは「(大津ジュニアが)厳しいとかは全然知らなくて、あんなに上手になりたい、みたいな感じでした」と振り返る。厳しい環境の中で汗を流し、小3の11月の大会に出場するころには、小6の選手たちに混じって早くもレシーバーを務めた。自らの意思で選んだ新しいチームでぐんぐん成長。小2で下した決断に口を挟まず見守ることで古賀の中で芽生えていた「うまくなりたい」と願う才能が花開いた。

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  • 大津ジュニア時代、小6の古賀(左前)。自ら希望して移籍し、才能を開花させた(提供写真)
  • 古賀の父、裕正さん(左)と母、博枝さん(右)
  • 1歳の時。面影がある
  • 2歳の時アンパンマンカーに乗ってごきげん?
  • 小2のころ。すでにバレーを始めていた