2015.11.3 11:00

【私の失敗(1)】藤島親方、名言の陰に「後味悪い」一番

【私の失敗(1)】

藤島親方、名言の陰に「後味悪い」一番

特集:
私の失敗
平成13年夏場所14日目。武双山(左)は貴乃花を巻き落としで破った。貴乃花は右膝を亜脱臼した

平成13年夏場所14日目。武双山(左)は貴乃花を巻き落としで破った。貴乃花は右膝を亜脱臼した【拡大】

 現役時代は「平成の怪物」と呼ばれた大相撲元大関武双山の藤島親方(43)=サンケイスポーツ専属評論家。わずか所要4場所で幕内まで一気に駆け上がったスピード出世で歴史に名を刻んだ。現在は部屋の師匠として後進の指導にあたり、日本相撲協会審判部副部長(役員待遇)を務めるかつての名大関が、けがにも苦しめられた壮絶な土俵人生を振り返った。

 ときの宰相が土俵上で、独特な甲高い声を張り上げていた。いまでも、テレビ番組などで流されることのある有名になったその場面をみるたびに、「後味の悪さ」が頭をかすめる。

 「痛みに耐えてよく頑張った。感動した!」

 平成13年夏場所千秋楽。当時の小泉純一郎首相が、優勝した横綱貴乃花関に内閣総理大臣杯を手渡したときに絶叫したフレーズ。そのとき、自分は支度部屋を出て、(武蔵川)部屋の千秋楽打ち上げパーティーに向かっていた。こんなやりとりがあったのか…。それを知ったのは、翌日のテレビ画面だった。

 その場所の14日目。初日から13連勝だった貴乃花関と対戦した。寄られて必死に残りながら、土俵際の巻き落としで自分が勝った。そのとき、貴乃花関は右膝亜脱臼(半月板損傷)の大けがを負ってしまう。付け人の肩を借りながら花道を引き揚げていった姿を、目で追っていた。

 千秋楽の本割(結びの一番)では部屋の兄弟子、横綱武蔵丸関が変化して貴乃花関に勝って2敗で並び、優勝決定戦では貴乃花関が勝った。膝を引きずっていた貴乃花関の動きは明らかにいつもと違っていた。武蔵丸関には手を緩めるつもりはなかったはずだが、胸中を察することはできた。決定戦で武蔵丸関が勝てば、優勝パレードで旗手を務めることになっていたものの、持参した紋付き、はかまを広げることはなかった。

 首相の絶叫が社会現象にもなって、すっかりヒール(悪役)になってしまった。気心の知れた店へ食事にいっても、この話題を避ける雰囲気が伝わってきたし、人気の貴乃花関に大けがを負わせたことで部屋には非難、中傷のはがきが舞い込んだ。読む気にもならない、感情的な文面もあった。付け人が気を使い、自分の目に触れさせないように処分していたことも知っている。

 真剣勝負の宿命でしょう。ギリギリの勝負ではどうしても、けがをする者、させてしまった者ができてしまう。でも、心ある力士はそれが分かっていると信じたい。自分自身、相手を恨むことはないし、おのれの責任と引き受けるしかない。ずっとそう思ってやってきた。いまでは貴乃花関も武蔵丸関も部屋を持つ師匠(親方)になった。でも、2人とは一度たりともこの話をしたことはない。

藤島 武人(ふじしま・たけひと)

本名・尾曽武人。元大関武双山。昭和47(1972)年2月14日生まれ、43歳。茨城・水戸市出身。専大在学時にアマ横綱に輝き、同大を中退して武蔵川部屋に入門。平成5年初場所で初土俵。同年秋場所で新入幕。12年春場所後に大関昇進。幕内優勝1度。殊勲賞5度、敢闘賞4度、技能賞4度。幕内通算520勝367敗122休(68場所)。16年九州場所で引退後は年寄「藤島」を襲名。現在は藤島部屋の師匠を務める。現役時代のサイズは1メートル83、175キロ

(紙面から)

  • 平成13年夏場所千秋楽。前日の武双山戦で右膝を痛めながらも武蔵丸を破り優勝した貴乃花(左)に小泉首相は「感動した!」と賛辞を送った