2015.6.29 05:03

柔道創始者“直系”の筑波大、東海大破り国公立大初V/柔道(3/3ページ)

初制覇を果たし、喜びの記念撮影をする筑波大の選手たち=日本武道館

初制覇を果たし、喜びの記念撮影をする筑波大の選手たち=日本武道館【拡大】

 8連覇を狙う東海大との決勝は同内容の2-2で代表戦に。永瀬は東海大の代表、100キロ級のウルフ・アロン(2年)のパワーにてこずりつつも指導1の差でしのぎきった。

 「これほどチームが一丸になれていたことは過去になかった。やっぱりチームのまとまりは大事ですね」と永瀬。今年で64回を数える伝統の大会で、「柔道の父」の“教え子”たちが、歴史を作った。 (只木信昭)

筑波大柔道部

 嘉納治五郎が東京高等師範学校の校長に着任した1893(明治26)年の翌年に創部。東京教育大時代には1964年東京五輪無差別級金メダルの猪熊功や、軽重量級で2度、世界王座に就いた佐藤宣践らを輩出。73年の筑波大設立以降も、87年には岡田弘隆が78キロ級で世界王者に。2010年には秋本啓之が73キロ級で世界選手権を制している。また女子では山口香が1984年に日本女子で初の世界王者に。その後も63キロ級で2004年アテネ、08年北京両五輪を連覇した谷本歩実らが育っている。

嘉納治五郎(かのう・じごろう)

 武道家、教育者。日本人初の国際オリンピック委員会(IOC)委員として世界のスポーツ界に導いた「柔道の父」。1860(万延元)年12月9日、摂津国御影村(現神戸市)生まれ。東京帝大在学中に柔術各流派を学び、技術を理論化して柔道を創始、講道館を設立した。東京高等師範学校(現筑波大)で校長を約25年間務めた。日本が初参加した1912年ストックホルム五輪で日本選手団長。38年5月4日、IOC総会から帰国途中の船中で死去した。享年77歳。

(紙面から)

  • 国立大として初めての優勝を飾った筑波大。前列右端は永瀬、同左端は増地監督
  • 代表戦で優勝を引き寄せ、ヒーローインタビューを受ける筑波大の永瀬貴規=日本武道館