2014.12.24 10:00

【デキる選手の育て方2014】ニッポン柔道期待の新鋭・近藤亜美(2/5ページ)

特集:
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近藤亜美の両親、敬造さんと清子さん

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〔1〕【好きなことは、辛さも我慢できる】

 “平成生まれの女三四郎”はいかにして育ったのか。近藤は大成高3年の18歳で出場した昨年のグランドスラム東京で、ロンドン五輪金メダリスト、世界選手権女王を次々に撃破して頂点へ。世界に衝撃を与えた。

 社会人となり三井住友海上に所属した今季は4月の全日本体重別を制すと、8月には世界選手権に初出場初優勝。今月5日のグランドスラム東京で連覇を達成し一躍、日本柔道界を背負って立つ存在となった。

 「嫌だということはやらせない。辞めたかったらいつでもやめていい」

 自身も学生相撲で鳴らした父・敬造さんだが、幼い近藤に“勝負の道”を強制することはなかった。0歳から体操教室へ。母・清美さんは「女の子らしいことをしてほしかった。大きくなったら新体操なんかいいなと思ってました」と振り返る。

 それでも祖父・次郎さん(享年79)も力士だった血筋からか、5歳で兄・孝哉さん(20)も通う地元の六郷道場に自然と足が向き、柔道を始めた。「お兄ちゃんがやってるのを見てるだけなのがつまんなかったんでしょうね」と清美さん。習い始めて2カ月で出場した大会で準優勝した時には「金色(のメダルが)がほしい」と話したという。だが、男子に交じって年上とも対戦することもあり、なかなか優勝はできなかった。決勝で敗れ「銀は要らない」とトイレに閉じこもり、表彰式に出るのを渋ったこともある。

 しかし、両親は結果にこだわることはなかった。「否定的なことは絶対に言わなかった。負けてもいいところは絶対にある。勝ったら一緒に喜ぶし、負けても徹底的におだてました。一番悔しいのは本人ですから」と敬造さん。それは自らの経験から導いた方針だった。「好きなことは、辛さも我慢できる」。周囲には期待のあまり厳しい言葉を投げつける保護者もいたが、まずは柔道を好きになるように心を配った。「お父さんは私が負けても笑ってる」。近藤は不思議がっていたが、ますます柔道の魅力にはまっていった。

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