2014.11.21 11:30

【乾坤一筆】選手の自主性重んじた東亜学園・小磯監督(1/2ページ)

特集:
ベテラン記者コラム・乾坤一筆
16日未明に急逝した東亜学園の小磯靖紀監督。自主性を重んじる指導者だった(2011年1月)

16日未明に急逝した東亜学園の小磯靖紀監督。自主性を重んじる指導者だった(2011年1月)【拡大】

 今でも信じられない思いだ。高校男子バレーの名門、東亜学園(東京)の小磯靖紀監督が16日未明、亡くなった。同校が全国高校選手権(春の高校バレー)東京代表決定戦で10年連続31度目の本大会出場権を獲得した夜のこと。筆者は会場で、元気な小磯さんと会話したばかりだった。

 初めてお会いしたのは1990年の2月だったか。新米運動記者の筆者は、3月開催だった全国高校選抜(春高)の事前取材で同校を訪れた。83年にノーマークから春高を制し「ミラクル東亜」と呼ばれる名門を築いた馬橋洋治監督の下、小磯さんはコーチだった。

 以来、怒った姿を見た記憶がない。生徒に声を荒らげることもなかったのではないか。小磯さんに誘われて入学したOBの白鳥勝浩・日本バレーボール協会ビーチバレー強化委員長も、筆者の印象通りだったと認める。

 今年2月14日付の当欄でゲーリー・サトウ前日本男子代表監督の解任に関し、自主性を重んじた指導方針に『子供の頃から“やらされる練習”ばかりだった選手は何をしていいか分からなかった』と書いた。怒鳴り散らして「やらせる」指導者は今も多いが、小磯さんは対極の存在だった。

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