2014.5.31 12:19

さよなら国立競技場 有森さん、瀬古さんら参加しイベント始まる(1/2ページ)

ファイナルランDAYにゲスト参加し、トラックで記念撮影する(右から)瀬古利彦さん、有森裕子さん、宗茂さん、宗猛さん=国立競技場(撮影・只木信昭)

ファイナルランDAYにゲスト参加し、トラックで記念撮影する(右から)瀬古利彦さん、有森裕子さん、宗茂さん、宗猛さん=国立競技場(撮影・只木信昭)【拡大】

 2020年東京五輪へ向けて改築に入る東京・国立競技場で、記念イベント「SAYONARA国立競技場“FOR THE FUTURE”」が31日午前、始まった。

 午前中は「ファイナルランDAY~Thank you国立~」として、一般ランナー約2000人が思い思いに場内をランニング、ウオーキングできる「リメンバー・ラン」などを実施。1992年バルセロナ五輪マラソン女子で銀メダルを獲得した有森裕子さんや、マラソン男子で84年ロサンゼルス、88年ソウル両五輪代表の瀬古利彦さん(57)、76年モントリオール、ロサンゼルス両五輪代表で兄の宗茂さん、ロサンゼルス五輪代表で双子の弟の猛さん(ともに61)兄弟がゲストとして参加し、トークショーなどを行った。

 国立競技場の思い出として、瀬古さんは日本最高記録(当時)で優勝した83年の東京マラソンとともに、1万メートルで優勝した81年の8カ国陸上を挙げ、「優勝した後、日本選手で初めてウイニングランをした。8万人の観客に向けて投げキスをしたら、日本陸連から『派手なことをやるな』と怒られた。今では笑い話として、いい思い出です」と振り返った。

 「実は、あまり国立とは縁がなかった」と切り出した有森さんは「なんの実績もなかったが、先輩の調子が悪くて関東インカレの3000メートルに出させてもらった」と日体大1年時の思い出を披露。「運良く、一番強い人が貧血で調子が悪く、私が2位になった。それまで誰も口きいてくれなかったのが、みんな口きいてくれるようになった」。国立競技場が会場となった91年の世界選手権では4位になり、翌年のバルセロナ五輪出場につなげただけに、「国立は世界に羽ばたかせてくれた場所」と感慨深げに話した。

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