2014.3.5 05:02

人気プロレスラー・ロビンソン氏が死去、就寝中に急死か

“人間風車”の名で親しまれたビル・ロビンソン氏(左)。1975年の猪木戦はプロレス史に残る死闘となった

“人間風車”の名で親しまれたビル・ロビンソン氏(左)。1975年の猪木戦はプロレス史に残る死闘となった【拡大】

 “人間風車”の異名をとり、日本でも人気のプロレスラーだったビル・ロビンソン氏が米アーカンソー州リトルロックの自宅で死去した。75歳。新日本プロレスが4日、発表した。

 カナダのニュースサイト「Canoe」によると、親交のある伝記作家のジェイク・シャノン氏がロビンソン氏と数日間連絡がとれないため、アパートの管理人に連絡。警察の立ち会いで死亡が確認された。死因や死亡日時は不明で、就寝中に急死したとみられる。

 ロビンソン氏は1938年9月18日、英国・マンチェスター生まれ。19歳でプロレスデビューした。代名詞といわれるダブルアーム・スープレクスを武器に、60年代後半から国際プロレスを日本の主戦場として活躍。その後、新日本、全日本に活動の場を移した。

 新日本時代の75年12月11日には蔵前国技館(当時)でアントニオ猪木が保持していたNWFヘビー級王座に挑戦。3本勝負でお互いが1本ずつ取った後、3本目は決着がつかず、60分時間切れ引き分けとなる激闘は、プロレス史上に残る名勝負とされている。

 85年に引退。99年から2008年まで東京・高円寺のUWFスネークピットジャパンで、後進の指導にもあたっていた。同団体の宮戸優光代表(50)によると、今月下旬に来日する予定だったという。

アントニオ猪木氏 「われわれと激戦を繰り広げた選手の旅立ちを見送るのは大変辛いものです。75年の試合は今でも思い出に残っております。故人の冥福(めいふく)をお祈りするとともに、謹んでお悔やみ申し上げます」

(紙面から)

  • ビル・ロビンソン氏
  • 哀悼のコメントを寄せたアントニオ猪木氏