2021.3.9 12:00

【サッカーコラム】ストリートワイズ、マリーシアについて考える

【サッカーコラム】

ストリートワイズ、マリーシアについて考える

特集:
No Ball, No Life

 【No Ball、No Life】ストリートワイズstreetwiseという言葉がある。英和辞書をひくと、「都会の環境で生き抜く術を持った、都会の生活勘のある、世渡り上手」などと出てくる。2019年の話になるが、JFA主催の第11回フットボールカンファレンスにおいて、アンディ・ロクスブルク氏(当時AFCテクニカルダイレクター、元UEFAテクニカルダイレクター)がこの言葉をキーワードにプレゼンテーションしている。

 JFAはストリートワイズについて、「生きるか死ぬかの生活の中で育まれた動物的な嗅覚」と紹介している。ネガティブな印象で定着しているが、ポルトガル語のマリーシアmaliciaも、要は広義で同じような意味なのだと考える。日本で生まれ、成長していく過程で、果たしてどれだけの人がこうした嗅覚を身に着けられているだろうか。人から教えられるものではなく、置かれた環境のなかで得られていく嗅覚だといえる。

 一進一退の攻防、お互いに勝利を追求するなか、いざという瞬間にいかに動物的な判断で最善の選択ができるか。その瞬間は本当にアッという間で、身体に染みついている感覚、習慣が思わず飛び出す。そう考えると、サッカー選手も含めたアスリートに対して、ピッチのなかだけ、試合中だけストリートワイズを発揮することを求めても、それは不条理だと感じる。

 かといって、指導者や教育者がこうした嗅覚を教えるのは難しい。というより、教えられた判断力や選択肢は、本当の危機感や飢餓感を通じて獲得されたものには到底かなわない。そうなると、日本が目指すべきは別方向にあるのではないかと思えてくる。列強国の猛者と戦う世界大会で勝つためにはストリートワイズも大事だと十分に認識しつつ、実直、きまじめといった日本人の特性を生かして勝利を目指す。いわゆるJapan’s Wayで、ストロングポイントをより強調して世界と戦っていく。

 世間では、もう日本人は実直でもきまじめでもないという声もある。しかし、そこを捨てると世界と戦うときにどこを強調すればいいのか迷子になる。身についているものが違うのだから、相手のやり方、出方、戦い方を理解したうえで、自分たちの良さを発揮することに重きを置いて進んだほうがいい。

 3月30日(火)、2022年カタールW杯アジア2次予選のモンゴル戦(アウェー代替試合)がフクダ電子アリーナで開催される。このまま予定どおりにW杯予選が再開されたなら、またこうした議論が繰り返される熱い日々が戻ってくる。(フリーランスライター・飯塚健司)