2021.2.9 13:02

【サッカーコラム】クラブW杯開催中に前身のトヨタ杯に思いを馳せる

【サッカーコラム】

クラブW杯開催中に前身のトヨタ杯に思いを馳せる

特集:
No Ball, No Life

 【No Ball、No Life】カタールでクラブW杯が開催されている。7日の準決勝ではティグレスがパルメイラスを下し、北中米カリブ海代表として初の決勝進出を決めている。11日の決勝では、バイエルンと対戦する。

 いまや大陸王者決定戦となったクラブW杯だが、往年のサッカーファンにとって懐かしいのはやはり前身のトヨタ杯だ。おのおの記憶に残っている大会、クラブがあると思う。私がはじめて国立競技場で観戦したトヨタ杯は1983年のグレミオ-ハンブルガーSVで、グレミオの応援旗を購入し、以降数年間に渡って部屋に飾っていた。レナトの2ゴールは印象深く、あの一試合で「この大会は毎年みたい」と思わされた。

 1987年のポルト-ペニャロールのときは前日から渋谷で遊び、深夜になって国立競技場に移動して入場を待った。察しがいい人ならわかると思うが、早朝から大雪になり、カラーボールが使用されたあの一戦である。あれから30年以上が経過したが、いまでも入場待ちのときの凍える寒さを思い出せる。徹夜で雪が降るなか薄着のまま身体を動かさずに並んでいるのは、いかに若いとはいえ無謀だった。メインスタンドのチケットを持っていなかったら、試合前に挫折していたかもしれない。

 サンパウロ-バルセロナという好カードだった1992年は、入院中の病院でテレビ観戦した。どちらもタレント揃いだったが、トニーニョ・セレーゾ、ライー、カフー、パリーニャなどを擁するサンパウロが2-1で競り勝った。さらに翌年にはレオナルドを加えた布陣で来日し、今度はミランを3-2で下して連覇している。この一戦はゴール裏で観戦したが、試合終盤にサンパウロが決勝点を奪ったときに、延長戦を期待してミランが追いつくことを願った記憶がある。もっと長く、少しでも長くみていたかった。

 人生なにがあるかわからないもので、その後サッカー専門誌の記者になり、鹿島アントラーズの担当になった。トニーニョ・セレーゾ監督を取材したときには、いろいろな話をした。トヨタ杯の思い出から、どうしたら日本にサッカー文化は根付くかなど…。「日本サッカーはすごい勢いで成長しているよ。その国のなかで、その国に合った発展の仕方をするはずだよ」という言葉をいまでも覚えている。

 ティグレスの決勝進出から過去のトヨタ杯に思いをはせることになり、トニーニョ・セレーゾとの会話を思い出すに至った。この原稿を書きながら、レナトのゴールをみたくなってYouTubeで検索した。コラムの連載タイトル通り、まさに、No Ball, No Lifeである。(フリーランスライター・飯塚健司)