2020.12.29 12:00

【サッカーコラム】現役引退のFW佐藤寿人に感じた指導力

【サッカーコラム】

現役引退のFW佐藤寿人に感じた指導力

特集:
No Ball, No Life
引退会見に臨んだJ2千葉の佐藤寿人=26日、千葉市内(ジェフユナイテッド千葉提供)

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 【No Ball、No Life】J2千葉の元日本代表FW佐藤寿人(38)が今季限りで現役を引退する。J1通算161得点は歴代2位、J2での59得点を加えたJ通算220得点は歴代1位。希代のストライカーは「まだ体は動きますが…」と言いつつ、潔くスパイクを脱いだ。

 12月26日の引退会見では2000年の市原(現千葉)を皮切りに、C大阪、仙台、広島、名古屋と渡り歩き、19年に千葉へ復帰した21年間のプロ生活を振り返った。その中で、もっとも悔しかったことについてはこう断言した。

 「仙台時代の2003年11月29日と、広島時代の2007年。2度のJ2降格です」

 仙台での降格は日付も覚えていた。それだけ悔しかったのだろう。2003年にJ1仙台へ移籍し、30試合9得点をマークするなどプロ4年目でブレークした。だが、最終節のアウェー大分戦は勝てばJ1残留だったが1-1で引き分け、J2降格が決定した。

 当時、駆け出しだった記者は仙台担当。この顛末(てんまつ)を取材した。試合後に涙を流して悔しがる寿人を今でも覚えている。翌04年、仙台で20得点を決めたがJ1復帰を逃し、05年にJ1広島へ移籍。リーグ優勝3度などの輝かしい実績を残した。

 今後、38歳は指導者の道を歩むことになる。会見で「勉強して、また戻ってきます」とJリーグの監督になる夢を思い描いた。おそらく、すばらしい指導者になるのではないか。

 まずメディア対応。疲れているときでも、早く帰りたいときでも、丁寧に応じる姿には好感を持った。「メディアの裏には、多くのサポーターがいることを肝に銘じていた」と話す。

 また、広島時代にはこんなこともあった。当時、新人だった元日本代表DF槙野智章(33)=現J1浦和=らがジャージー姿でクラブハウスに現れると「お前らはプロ。プロなら普段から見られていると思え。ジャージーとかあり得ない」と一喝。さらに「車もなるべくいい車に乗って子供たちに夢を持ってもらわないといけない」と、プロ意識を植え付けたという。槙野は「寿人さんからは、いろんなことを教えてもらった」と感謝した。

 すでに選手時代からプロ選手の振る舞いを伝授していた佐藤寿人が、いつか監督としてJリーグに戻ってくる日を楽しみに待つことにする。(宇賀神隆)