2020.11.3 12:00

【サッカーコラム】中村憲剛の引退発表に思う「引き際の美学」

【サッカーコラム】

中村憲剛の引退発表に思う「引き際の美学」

特集:
No Ball, No Life
電撃引退を表明した川崎・中村(右)。会見後に小林から花束を渡され、すがすがしい表情を浮かべた(川崎提供)

電撃引退を表明した川崎・中村(右)。会見後に小林から花束を渡され、すがすがしい表情を浮かべた(川崎提供)【拡大】

 【No Ball、No Life】J1川崎の元日本代表MF中村憲剛(40)が1日に今季限りでの現役引退を発表した。

 突然の発表に驚いた人も多かっただろう。何しろ、その前日の10月31日は40歳の誕生日で、同日のFC東京戦で決勝ゴール。ど派手なバースデーゴールに、まだまだJ1でプレーできると誰もが思っていた矢先の電撃引退発表。本人は「40歳で引退すると決めていた」と話した。

 引き際の美学。サッカー選手は選手寿命が短いと言われる。30歳を過ぎたら「そろそろ自分も引退かな」と思う選手が多い。40歳までプレーできて、所属クラブから戦力外通告を受けないまま、自らの意思で身を引く選手は少ない。惜しまれながら引退する憲剛。その姿に、プロ野球界のレジェンド、世界のホームラン王、王貞治氏を思い出した。

 1980(昭和55)年。中学3年生だった記者は、野球に熱中。夢は「王選手のような選手になること」だった。もちろん無理だったが…。この年、王選手が現役引退を発表した。当時の野球仲間と「なんで? まだやれるよ」と語り合った。王選手もちょうど40歳。この年の打撃成績は打率・236、30本、84打点。打率こそ低いが、ホームラン30本はすごい数字。「王貞治の打球が飛ばなくなった」というのが引退理由だったが、一本足打法を見られなくなることに寂しさを感じたことを覚えている。

 成功したアスリートが引退を決める理由は十人十色。「晩節を汚したくない」などの理由で早めに引退する選手、「体が動く限り続ける」と、あきらめないで続ける選手など…。どちらがいいのか、そこに正解はない。あるのは選手自身の決断をリスペクトするべきだということだ。

 憲剛は、東京・府中市の「府ロクサッカー少年団」でサッカーを始め、元なでしこジャパンの澤穂希氏ともプレー。その後、都立久留米高校、中大へ進学し、2003年に練習生から川崎(当時J2)に入団した。

 まったくの無名選手で、アンダー世代の日本代表に選出されたこともなかった。だからこそプロ入り後のサクセスストーリー、そして惜しまれながら引退することなど誰も予想できなかったに違いない。

 川崎の顔としてチームを支え続けた憲剛。次は「中村監督」として、Jリーグを盛り上げてほしい。(宇賀神隆)