2020.1.30 12:00

【サッカーコラム】FC東京サポーターだったセレス・ネグロスの小田原がたどり着いた夢舞台

【サッカーコラム】

FC東京サポーターだったセレス・ネグロスの小田原がたどり着いた夢舞台

特集:
No Ball, No Life
FC東京戦で競り合うセレス・ネグロスの小田原貴(右)=味の素スタジアム(撮影・蔵賢斗)

FC東京戦で競り合うセレス・ネグロスの小田原貴(右)=味の素スタジアム(撮影・蔵賢斗)【拡大】

 【No Ball、No Life】28日のアジアチャンピオンズリーグ(ACL)・プレーオフで、FC東京に0-2で敗れたセレス・ネグロス(フィリピン)。先発メンバーには2人の日本出身選手の名前があった。1人はフィリピン代表に名を連ねた経験のあるMF嶺岸光(28)。もう1人がMF小田原貴(27)だ。

 小田原は試合が行われた味の素スタジアムがある調布市の隣、府中市出身。家族全員がFC東京の年間チケットを持つソシオ会員で「(当時は)ホームゲームは全部見に来てました。アマラオがスターというかアイドルみたいな感じだった」という筋金入りの東京サポーターだ。

 幼稚園のころからサッカーを始めた小田原。小学校6年のころには、あこがれのFC東京の下部組織のセレクションも受けたが、不合格。それでもプロを目指して大学までサッカーを続けた。しかし、就職活動をせずにプロ一本で進路を考えていた東農大4年時にもJリーグからオファーは来ず。プレーするチームを探していた小田原に唯一オファーをくれたのが日本人がオーナーをしていたフィリピンリーグのチームだった。そこからフィリピンでのプレーが始まり、昨年夏に2017年、18年と同国リーグを2連覇していたセレス・ネグロスに加入した。

 その後、19年もリーグを制し3連覇を達成。ACLプレーオフへの挑戦権を手にした。昨年11月、オフで日本に帰国した小田原は優勝争いの真っただ中にあったFC東京の試合を観戦。プレーオフを勝ち上がればJリーグの2位チームと対戦することが決まっていたため、「はじめて『F東負けろ』と思いました」と小田原。20年来応援してきたチームだからこそ、ピッチで対峙(たいじ)したい気持ちは抑えられなかった。

 念願かなって立った味スタのピッチ。「感慨深いことはあったけど、プレー中はいつもと変わらなかった」。雨で最悪のコンディションだったが、先発すると憧れの青赤のユニホームを前にしても、セレス・ネグロスの一員として前半は猛攻をしのいだ。しかし、後半開始早々に先制点を許すと、終盤には競り合いの中で相手の肘が額に当たり裂傷を負う。それでも、包帯を巻きピッチに戻り、夢にまで見た舞台で最後まで走り切った。

 試合後には、FC東京のゴール裏のファンの下へ。自身がサポーターとしてスタジアムに足しげく通っていたころに、スタンド側から何度も経験したであろう勝利の儀式を特別にピッチから体験。小田原がぐるぐると腕を回し、拳を突き上げるのに合わせてサポーターが「シャー」と雄たけびを上げた。一礼して去ろうとすると小田原に向けて、FC東京サポーターから惜しみない小田原コールが送られた。

 小田原は「ピッチから見上げたサポーターの姿は素晴らしかった。ここで育ったんだなと思った。サポーターからも名前を呼んでもらってうれしかった」。夢のような時間を振り返って笑顔を見せたが「リーグ戦に気持ちを切り替える」とすぐに次の戦いに目を向けた。

 サッカーを始めたころに考えていた味スタのピッチに立つイメージとは違った形になったかもしれない。思い描いていたよりも遠回りになってしまったのかもしれない。それでも、目指していた場所にたどり着いた27歳の姿は輝いていた。(山下幸志朗)