2019.12.4 10:30

【サッカーコラム】闘将と呼ばれた19年間 闘莉王引退

【サッカーコラム】

闘将と呼ばれた19年間 闘莉王引退

特集:
No Ball, No Life
引退会見を開いた闘莉王(中央)。盟友の中沢と楢崎もサプライズ登場し激励した=1日、東京都内のホテル

引退会見を開いた闘莉王(中央)。盟友の中沢と楢崎もサプライズ登場し激励した=1日、東京都内のホテル【拡大】

 【No Ball,No Life】J2京都の元日本代表DF田中マルクス闘莉王が現役引退を発表し、12月1日に東京都内で会見を開いた。

 「あっという間の19年だった。感謝の気持ちで胸がいっぱいです」

 38歳は19年間のプロ生活を振り返り、言葉を詰まらせた。波瀾(はらん)万丈なサッカー人生に納得できる部分と悔やむ部分が同居する、そんな複雑な気持ちがにじんだ。

 Jリーグでは「2つ喜ばしいことがあった」。一つは2006年シーズンのJ1浦和の初優勝。移籍3年目を迎え、開幕から絶好調だった。33試合に出場しセンターバックとしてチームを牽引。7得点を決めるなどニュータイプのDFとして優勝に貢献した。

 「埼玉スタジアムがすごく盛り上がった。あのようなことが、もう一度あるかどうか」。伝説の浦和パレードを思い起こし「サポーターがあれだけ喜んだ瞬間にピッチに立たせてもらったことは一生、忘れない」。もう一つが、J1名古屋の初優勝だ。優勝請負人と呼ばれ、もっとも輝いていた時代だった。

 浦和では熱い気持ちをサポーターにぶつけることもしばしば。天皇杯ではJ2の格下相手に1-0で辛勝し、試合後に大ブーイングを浴びた。だが闘莉王は「それは違う、勝っているんだから…」と声を荒らげた。サポーターからすれば格下相手にもっと楽に勝ってほしいとい意思表示だが、「サッカーはそんな簡単なものではない」。敵味方なく何度かサポーターと衝突し言い合った。

 会見では「ぼくはサポーターに嫌われていると思う」と笑った。それでも「サポーターを常にリスペクトしていた」とも。引退後は「全クラブのスタジアムを回って『すみませんでした。そして、ありがとうございました』と頭を下げたいですね」。さながら“全国謝罪行脚”を敢行する決意を示した。

 「これからはブラジルにいる両親に、なるべく寄り添いたい。そしてブラジルに帰ってビールでも飲みたいね」

 2010年W杯南アフリカ大会では日本を16強へ導き、JリーグではMVP1度、リーグ優勝2度、そして天皇杯2度制覇など実績を残した。J1とJ2では計104得点と、DFながらゴールへの高い意識も見せた。体全体で闘志を表し、闘莉王のような選手がめっきり減ってきたと嘆くファンも多い。「日本魂というのを出して頑張ってほしい」と日本代表にもエールを送り、静かにユニホームを脱いだ。(宇賀神隆)