2019.10.30 15:31

【サッカーコラム】ベンゲル氏が講演、スタジアムは誰の「ホーム」なのか

【サッカーコラム】

ベンゲル氏が講演、スタジアムは誰の「ホーム」なのか

特集:
No Ball, No Life
講演中のベンゲル氏

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 【No Ball,No Life】「スタジアムは生活の一部であり、人生の一部です。始めてそこに行ったとき、どこで誰とどんな試合だったか忘れられない、そういう場所だと思います。いつでも戻れるホームのような場所になってほしい」

 10月24日、東京・渋谷で行われた基調講演でこう発言したのはアーセン・ベンゲル氏(70)だ。長くサッカーに情熱を注ぎ続け、アーセナル(イングランド)では監督として歴代最長、22年もの期間在籍。本拠地のエミレーツスタジアムの建設にも尽力した。

 10年以上前からアーセナルを応援している筆者も、内心は大興奮で囲み取材に入り、講演に耳を傾けた。ウイットに富んだ表現を駆使しながら語られるスタジアム論には実感がこもっており、多くの学びがあった。

 「選手にとっては外装がどうだというよりも、ボールがいかに速く走るかが重要なんだ」と、エミレーツ建設時にはボールの速度や、地面の跳ね返りを計測する会社を立ち上げたことを説明。一方で観客の目線も忘れない。「サポーターの気持ちに立ってスタジアムを考えるときは、色を考える。スタジアムに入り、そこが自分の応援するチームの色だったときのことを」。

 この講演は東京都心のスタジアム構想というテーマに沿って行われたもので、冒頭のように美しい言い回しで新スタジアムに期待する発言が多かった。一方で、ベンゲル氏は現代サッカーの状況を踏まえた冷静な言葉も残している。

 たとえば「プレミアリーグのチケットは98%がシーズン前に購入されている」「シーズンチケットは(総収容人数)6万人の3万8000人分しか売っていないが、残りの席にはいつも4万人ウェイティングしている」という言葉。サッカーは時に大きな熱狂をもたらし、観客のアイデンティティーを形成する瞬間を与える。一方で、チケットが高額なことで知られるエミレーツスタジアムは、市民にとって「いつでも戻れる」場所ではないのかもしれない。

 それでもベンゲル氏は「コミュニティーのひとつとしてのスタジアムという考えは当たり前」だと言い切る。「われわれは若者向けのジムを作り、実際にアーセナルのコーチが指導するようにした。毎日若者が集うような場所を作り、地域に住んでいれば無料で利用できるようにしているんです」。

 スタジアムは誰の「ホーム」なのか。ベンゲル氏はその射程の広さを示してくれた。共に登壇していた東京Vの羽生英之社長(55)も「避難所など、防災の拠点になるのではないか」という話をしたように、その可能性は小さくない。建設の過程も含めて広く合意が得られ、サッカーが生活の選択肢にない人にも「ホーム」となるスタジアム作りを期待したくなる、そんな名将の講演だった。(サッカー担当・邨田直人)