2019.10.22 11:59

【サッカーコラム】元日本代表の名良橋晃氏が情熱を持って取り組みたいこと

【サッカーコラム】

元日本代表の名良橋晃氏が情熱を持って取り組みたいこと

特集:
森保JAPAN
No Ball, No Life
名良橋氏が情熱を持って取り組みたいこと(今井恭司、スタジオ・アウパ)

名良橋氏が情熱を持って取り組みたいこと(今井恭司、スタジオ・アウパ)【拡大】

 【No Ball,No Life】Jリーグ創設前の1990年にフジタ(現湘南ベルマーレ)に加入し、1994年に天皇杯を制した。その後、常勝が義務付けられた鹿島アントーズに移籍し、レギュラーポジションを獲得して国内タイトルをいくつも獲得した。2001年にはJリーグベストイレブンに選出されている。

 同時に、日本代表としても活躍。1997年11月16日のジョホールバルの歓喜、1998年フランスW杯に出場するなど、日本サッカーが急成長を遂げていった“もっとも熱かった時代”を主人公のひとりとしてど真ん中で体験してきた。

 そして、輝かしい経歴を残し、日本屈指の右サイドバックだった男、名良橋晃氏は2008年2月に現役を引退した。

 その後、同年3月にJFAアンバサダーに就任。また、現役時代から親交のあったマネジメント会社との契約を継続し、サッカー解説を含むテレビ出演でサッカー界を盛り上げ、日本全国を飛び回って子供たちを対象にしたサッカースクールなどを行ってきた。並行して、2009年からSC相模原(現在J3)のジュニアユース総監督を務めてきた。

 さまざまな経験を積み、一念発起して2017年にマネジメント会社から独立。フリーランスとなったいまは、培った人脈を生かしてより活動の幅を広げている。

 「いろいろな人の支えがあり、サッカーに関わる仕事を続けられています。スクールであれば、知り合いのスクールや企業さんのスクールに呼んでいただいています。内容についても、サッカーの楽しさを伝える初歩的なものがあれば、本格的にレベルアップを目指す上級者向けもあります。そこで子どもたちや指導者の方々と接していると、あぁ、やっぱり現場はいいなぁという気持ちになります」

 もともと育成年代の指導に興味があり、だからこそSC相模原のジュニアユース総監督を務めてきた。しかし、総監督という立場上、率先して現場に立つことは控えてきた。こうした日々を送るなか、引退から10年以上が経過し、いま強い気持ちが芽生えている。

 「なにができるかわかりませんが、可能性を持った子供たちがサッカー選手として、人として成長するお手伝いをしたい。持っている良い部分を引き出し、試合に生かすお手伝いをしたい。現場で一緒に戦い、選手とともに成長する。そういった環境に身を置くことが、自分には合っているのかもしれません。コーチとして経験を積み、ゆくゆくは監督を務めてみたい。チームを任せてもらえる環境でやってみたい気持ちがあります」

 また、「なにごとも中途半端はいけない」とも熱く語る。それは、現役時代を厳しい環境で過ごし、引退してからも一社会人として多くの人々と接してきたからこそ出てくる言葉なのだろう。

 「正直、育成年代の指導に関して、いまの自分は中途半端な活動になっていると感じています。中学生、高校生は大人を見極める力があり、中途半端だと見透かされます。スクールや育成年代の現場で出会う指導者の方々は、みんな情熱を持って真剣に取り組んでいて、その辺りの感覚は私と一致しています。120%の情熱を持って向き合わないと、全力で取り組まないと、子どもたちには響かないです」。

 いかにサッカー選手としての能力を伸ばし、人としての成長につなげるか? その方法に正解はなく、性格や考え方によって柔軟に対応しなければならない。ひとつの例として、「子ども自身に考えさせることが大事」と言うが、これに関して持論がある。

 「すべての選手が、あらゆる状況に対処できる思考力を持っているわけではないと思います。ときには、考えるのが難しい状況だってあります。そうしたときは、こちら側がひとつの答えを出し、それについて選手が考えられれば良いと思います。できないこと、わからないことに、ひとつ答えを出してあげる。これも選手を伸ばすことにつながると思います」

 2019年もまもなく11月となる。Jリーグ゛はシーズン終盤戦に突入していて、同時に来シーズンに向けた動きがはじまっている。選手として積み上げた実績、経験は十分。引退後もサッカー界に関わりつつ、一社会人として見聞を広めてきた。さまざまな活動をしてきたが、もともとあった指導者志望にブレはなく、いま現在は「育成の現場で選手とともに成長したい」という強い気持ちを胸に抱いている。数年後、名良橋晃氏が立っているのは、どのような世界なのか--。これからも、そのサッカー人生を追っていきたい。(フリーランスライター・飯塚健司)