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【平成の真実(17)】平成8年5月31日、サッカーW杯が日韓共催に

【平成の真実(17)】

平成8年5月31日、サッカーW杯が日韓共催に

特集:
平成の真実
ベルギーとの1次リーグ初戦。FW鈴木隆行が日本の大会初ゴールを決めると、MF中田英寿(左端)らは喜びを爆発させた

ベルギーとの1次リーグ初戦。FW鈴木隆行が日本の大会初ゴールを決めると、MF中田英寿(左端)らは喜びを爆発させた【拡大】

 平成8(1996)年5月31日、2002年サッカーW杯は日本と韓国の共同開催に決まった。史上初の2カ国開催。国際連盟(FIFA)のジョアン・アベランジェ会長(当時80)の後押しで単独開催を目指した日本にとっては、痛恨ともいえる“ドロー決着”。日本協会の小倉純二最高顧問(80)が、FIFA内部の権力闘争に巻き込まれた韓国との招致合戦を振り返る。(取材構成・一色伸裕)

 史上初の2カ国開催となった2002年W杯日韓大会。日本招致委員会の事務局長を務めた小倉は、喜びと悔しさが入り交じる心境だった。

 「まさかあのような決定になるとは」

 それまで欧州と南北アメリカの交互開催だったW杯。1986年にFIFAのアベランジェ会長が「アジア・アフリカ大陸で初開催を」と掲げると、後押しを受けた日本が真っ先に立候補する。遅れて韓国が手を挙げ、メキシコの辞退により日韓の一騎打ちになった。ところが、招致合戦はFIFA内部の政争の具と化す。

 「ブラジル人のアベランジェが、FIFAの委員会から欧州の勢力を排除した。それに欧州が怒った」(小倉)

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  • 平成8年6月1日付のサンケイスポーツ紙面
  • サッカーミュージアムに保管されている、2002年サッカーW杯開催に関する日本サッカー協会の書簡=東京都文京区(撮影・蔵賢斗)
  • サッカーミュージアムに保管されている、2002年サッカーW杯開催に関する日本サッカー協会の書簡=東京都文京区(撮影・蔵賢斗)
  • 日韓招致活動を巡る勢力図
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