2018.11.15 05:03

代表GK最多116戦“炎の守護神”川口が引退会見 後継「育てたい」

代表GK最多116戦“炎の守護神”川口が引退会見 後継「育てたい」

引退会見で笑顔を見せる川口。今後は世界に通用するGKを育てる 

引退会見で笑顔を見せる川口。今後は世界に通用するGKを育てる 【拡大】

 W杯日本代表に4度選ばれ、今季限りで引退するJ3相模原のGK川口能活が14日、相模原市内で記者会見し、今後は指導者を目指す考えを明かした。プロ生活25年の43歳は、思い出の場面にブラジルを破った1996年アトランタ五輪の「マイアミの奇跡」と日本がW杯初出場を決めた97年「ジョホールバルの歓喜」などを挙げ、時折、涙をこらえながら言葉をつないだ。

 黒のスーツにチームカラーの緑色のネクタイ。穏やかな表情で会見場に現れたGK川口は、着席すると一転して思いがあふれ、涙声で語り出した。

 「本当に感謝の気持ちしかありません」

 プロ生活25年目。日本サッカー界に大きな足跡を残した元日本代表の守護神は「一度も自分が完成形に近づいたと思ったことはない。そういう選手を育てたい」と、今後は指導者の道に進むという。「思い出のシュートとセーブ」を聞かれると、真っ先に「ロベルト・カルロスのシュートをキャッチしたこと」。計28本のシュートの雨を浴びながら、1-0でブラジルを破った1996年アトランタ五輪の「マイアミの奇跡」を懐かしんだ。

 また「うれしかった得点は?」に、日本がW杯初出場を決めた97年「ジョホールバルの歓喜」の岡野雅行氏(46)=J3鳥取GM=の延長Vゴールなどを挙げた。近年は「続けるか引退か、はざまで揺れていた」と言い、今夏のW杯ロシア大会で16強入りした日本の戦いぶりを見て決断。「完全燃焼したかといえば、まだ余力はあるけど悔いはない」。“炎の守護神”は第2の人生に情熱を燃やしていた。 (一色伸裕)

川口 能活(かわぐち・よしかつ)

 1975(昭和50)年8月15日生まれ、43歳。静岡・富士市出身。94年に清水商(現清水桜が丘高)から横浜M入り。2001年イングランド2部のポーツマスに加入。ノアシェラン(デンマーク)を経て05年に磐田移籍。J2岐阜を経て16年からJ3相模原。W杯は98年から4大会連続でメンバー入り。J1通算421試合、J2通算43試合、J3通算42試合出場。国際Aマッチ出場116試合はGKで歴代最多。1メートル80、77キロ。

  • 96年「マイアミの奇跡」
  • 日本がW杯初出場を決めた97年「ジョホールバルの歓喜」
  • 川口能活・リーグ戦年度別成績
  1. サンスポ
  2. サッカー
  3. Jリーグ
  4. 代表GK最多116戦“炎の守護神”川口が引退会見 後継「育てたい」