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【二十歳のころ 高倉麻子(3)】費用自己負担での海外遠征…ネズミ、泥棒、食中毒

【二十歳のころ 高倉麻子(3)】

費用自己負担での海外遠征…ネズミ、泥棒、食中毒

特集:
二十歳のころ
サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」の高倉麻子監督

サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」の高倉麻子監督【拡大】

 私がちょうど二十歳のとき、元号が昭和から平成に変わりました。1989年1月8日を迎えたのは、当時は第1ターミナルしかなかった成田空港。中国遠征に向かう途中だったのですが、「(自粛ムードで)遠征が中止になるかもしれない」と右往左往したのを覚えています。

 当時の女子日本代表を取り巻く環境は非常に厳しかったので、遠征費用は自己負担が当たり前。代表活動は年に1、2回でしたが、合宿なら3万円、遠征なら5万円ほどは持ち出し。各チームから選手を選抜して日本代表チームを結成するようになったのが81年。私が初めて代表に選ばれたのは、83年で当時15歳でした。代表に選ばれるレベルの選手は、みんな仕事を見つけたり、大学に通いながらアルバイトをしていました。

 “アウェーの洗礼”も強烈でした。当時の中国は、人民服を着た人たちが、自転車でバーッと走っているような時代。ホテルもよくなかった。トイレのペーパーがない、水が流れない。食中毒が発生したり、ネズミがでたり、泥棒が入ったり。トラブルの連続です。

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