2017.11.10 10:00(4/4ページ)

【賀川浩 W杯の旅】衝撃!クライフに未来を見た

【賀川浩 W杯の旅】

衝撃!クライフに未来を見た

特集:
賀川浩 W杯の旅
賀川浩氏

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 開幕戦のブラジル-ユーゴスラビアの記事は「試合が終わったあとの肩の凝り方のひどさ。これはなれないカメラを首にかけたせいだけではなかった。幸い、私は日本でペレを見た。エウゼビオ(ポルトガル)もマゾプスト(チェコ)も見た。世界のトップの技術の確かさを知っている。だが、この真剣勝負の迫力は、また格別だ。ゲームの当事者ではないヤジ馬記者の胸をもしめつける強さだった」と記している。大会期間中はサンスポに他紙と比べれば破格の大きさで世界のサッカーの最新情報と熱気が伝わる記事が連日掲載された。

ヨハン・クライフ(Johan Cruyff)

 1947年4月25日生まれ。オランダ・アムステルダム出身。現役時はアヤックス(オランダ)、バルセロナ(スペイン)などでFW、MFとして活躍。バロンドール(欧州年間最優秀選手賞)3度受賞。オランダ代表として74年W杯西ドイツ大会準優勝。代表通算48試合33得点。84年の現役引退後はアヤックス、バルセロナなどで監督を務め、スペインリーグで4連覇するなど、数々のタイトルを獲得した。「空飛ぶオランダ人(フライング・ダッチマン)」、スペイン語で救世主を意味する「エル・サルバドール」などの異名をとった。軸足の後ろ側を通すフェイントはクライフターンと呼ばれている。「10番はペレ、14番を私の背番号にする」として本来控え選手の「14」をつけた。現役時代のサイズは1メートル76、67キロ。2016年3月、がんで死去。享年68。

賀川 浩(かがわ・ひろし)

 1924(大正13)年12月29日生まれ、92歳。神戸市出身。神戸一中、神戸大、大阪サッカークラブでFWなどでプレーし、天皇杯準優勝も経験。52年産経新聞社入社。大阪サンケイスポーツ編集局長を経て90年からフリー。2010年に日本サッカー殿堂入り。15年4月に自身のサッカー関連蔵書が神戸市立中央図書館に寄託され、「神戸賀川サッカー文庫」として公開されている。岡田武史氏らサッカー界のレジェンドとの対談をまとめた「このくにのサッカー」(苦楽堂・税別1800円)が好評発売中。

  • 賀川氏が原稿を書いた1974年7月9日付、サッカーW杯決勝西ドイツ-オランダサンスポ紙面
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