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【サンスポ×日体大】体操女子エース、村上茉愛「変わることが出来た4年間」

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これまでの体操人生の名場面を振り返る写真に囲まれた村上は笑顔を見せた (撮影・佐藤雄彦)  2020年東京五輪開幕まで、12日で500日。出身大学別最多62人の夏季五輪メダリストを輩出している日体大とコラボレーションした長期連載の第14回は、昨年開かれた体操の世界選手権女子個人総合で日本勢初の銀メダルを獲得した村上茉愛(まい、22)を特集する。15日の卒業式を前に4年間の思いをつづった手記「変わることが出来た4年間」をサンケイスポーツに寄せた。瀬尾京子監督(46)から学んだ継続することの重要性を胸に、東京五輪での表彰台を誓った。 (取材構成・鈴木智紘)

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 絶対に体操をやめようと思っていた。大学入学当初のことだ。練習や体重管理の辛さから、4年間で競技から離れたい気持ちが一番にあった。卒業の1年半後に東京五輪は訪れるけど、まだ時間は残されている。いずれは指導者になれればいい。そんなふうに考えていた。

 3歳で競技を始めた。昔から、言われたらすぐにできるタイプだった。小学6年のとき。得意の床運動でH難度の大技シリバスを、試合で初めて決めた。多少調子が悪くても本番になれば力は出た。継続することは苦手で、まるで苦労を知らなかった。

 大学に入学して間もない2015年4月27日。体操への向き合い方が変わったのは、21位と惨敗した全日本選手権決勝の翌日だった。床運動ではシリバスの着地に失敗。勝てる訳がないと、最後の2回宙返りは1回にした。投げやりな態度を叱咤(しった)してくださった瀬尾先生の言葉が、胸に突き刺さった。

 「日体大生として、日本代表を目指す選手として、恥ずかしい。あなたには、続けることが大切なんじゃないの」

 体操競技館にある研究室で、話に耳を傾け続けた。1時間、いや2時間だったかもしれない。涙が止まらなかった。日体大にはトレーナーや指導の役割を担う学生もいる。瀬尾先生の一言で、仲間の支えを裏切る行為だったと思い知った。

 当時は体調不良を口実に、練習に行かない日もあった。体重管理の意識も甘く、入学当初はベストの47キロ前半から程遠い52キロ。この全日本選手権を迎える約1週間前は、設定体重の48キロを2キロ超えていた。食事を控え、走って汗を出して大会までに絞ったけど、練習で追い込めば落ちるだろうという考えは甘かった。

 100グラムも体重を増やせないと、コップ1杯の水を飲まずに半分で我慢したこともあったけど、今ではコントロールできるようになってきた。1日で10回や15回、体重を計るのは当たり前だ。

 2016年リオデジャネイロ五輪を経験しなければ、今頃引退していたかもしれない。団体総合は48年ぶりの4位。表彰台に立ったアメリカ、ロシア、中国の選手を見て、うらやましかったのと同時に、自分がもう少し強ければ勝てたのかもしれないと悔しかった。

 恥ずかしい話だけど、このとき競技人生で初めて自分の意志で体操をやりたいと思った。日本の先頭に立ってメダルへ導きたい。東京五輪も目指したい。そう思うと、いても立ってもいられず、帰国した日には器具に向かっていた。

 日体大での4年間で継続することの重要性を一番に学んだ。1年生の頃は得意の跳馬や床運動ばかり練習していたけど、今は苦手の段違い平行棒と平均台を何より強化したい。この2種目だけで練習が終わる日もある。

 かつては言われるがままだった練習も、向上心を持つ今は楽しくて仕方ない。「この技をやりたい。演技構成に入れてみたい」。常にそう思っている。東京五輪では、個人総合と種目別床運動でメダルを取って当然。次こそは団体総合で表彰台に立ちたい。

 競技への姿勢が180度変わったのは、あの日の瀬尾先生の言葉があったから。先生は言ってくれた。「人は4年間でこんなにも変われるのね」と。継続は力なりだ。 (日体大体操競技部)

★日体大・瀬尾京子監督「何でもいいからメダルを取らせてあげたい」

 村上を4年間指導してきた瀬尾監督は、体重管理がままならずに入部してきた教え子を「今とは別人。体操選手を終えて1年たったかのような、解放された体形だった」と言い表す。21位に沈んだ1年時の全日本選手権後には、日本代表の強化スタッフから「村上選手は終わった」と声が挙がったほどだった。

 1992年バルセロナ五輪代表でもある瀬尾監督が、村上にたびたび掛けてきた言葉は、「いつでもできると思わない方がいい」、そして「コンスタントに練習しなさい」の2つ。今では「自分なりにフリーの練習日の使い方を考え、最低限(苦手の)平均台の演技は通したりしている」と目を細める。

 東京五輪の個人総合で表彰台に立つには、苦手とする段違い平行棒の強化は特に欠かせないという。「何でもいいからメダルを取らせてあげたい。それが最大の目標」。これからも、まな弟子と二人三脚で歩む。

★村上の今後

 4月以降も引き続き日体大を拠点に競技を続け、これまで同様に瀬尾監督に師事する。スポンサー契約を結ぶイタリア製熟睡寝具ブランド「マニフレックス」などの支援を受けながら活動する。次戦は4月の全日本選手権(26日開幕、高崎)で4連覇を狙う。

★体操・東京五輪への道

 出場枠は男女ともに98人。昨年の世界選手権の団体総合で3位までに与えられ、銅メダルの男子は枠を得たが、6位の女子は逃した。今年の世界選手権で、既に枠を得ている国・地域を除き、上位9チームに与えられる。団体総合は1チーム4人。団体総合で逃した場合は個人総合や種目別で得られる。個人総合や種目別のW杯シリーズなどの成績上位で個人の出場枠を手にすることもできる。

日体大体操競技部

 1901年創部。男女とも横浜・健志台キャンパスを拠点とする。昨年の全日本学生選手権団体総合では、男子が4年ぶり34度目、女子が5年連続49度目の優勝を果たした。主な卒業生には、五輪金メダリストの監物永三、具志堅幸司(現学長)、内村航平らがいる。畠田好章男子監督。瀬尾京子女子監督。

村上 茉愛(むらかみ・まい)

 ★生まれ 1996(平成8)年8月5日生まれ、22歳。神奈川・相模原市出身。

 ★池谷門下生 母・英子さんに勧められ、3歳のときに池谷幸雄体操倶楽部で競技を始める。東京・明星高を経て日体大。

 ★第一人者 2017年の世界選手権種目別床運動での金メダル、18年の世界選手権個人総合での銀メダルは、いずれも日本女子初の快挙。

 ★元子役  約600人のオーディションを勝ち抜き、阿川佐和子原作、深田恭子主演で2005年に放送されたTBSドラマ「ウメ子」に出演。

 ★好きなタイプ 物静かな人。「私は『何でもやってみよう』とガツガツしてしまう。それを抑えてくれる、性格が真逆でおとなしい人がいい」。

 ★結婚観 できれば30歳までに結婚したいと考えている。子供が生まれたら、体操をさせるなら男の子だけ。女の子には、自分のように体重管理で苦しい思いをさせたくない。

 ★ファッションのこだわり かわいさより格好良さ。フリフリのスカートははかない。

 ★脚力 持ち前のバネを生かした跳躍から“ゴムまり娘”の愛称を持つ。「男子よりも太い」というふくらはぎがパワーを生み出す。

 ★自分を奮い立たせるときに聴く曲 NEWSの「フルスイング」。高橋優の「虹」。

 ★サイズ 148センチ、48キロ。

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