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【私の失敗(3)】大林素子、弱点の守備狙われるも…交代させてもらえず

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【私の失敗(3)】大林素子、弱点の守備狙われるも…交代させてもらえず

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過去を赤裸々に語る大林さん。競技人生は山あり谷ありだった   面と向かってはっきり言われることはありませんでした。でも、チームメートが私への不満を漏らしているのは、何となく聞こえていました。

 東京・小平二中の1年生の秋。新人戦でのことです。私は試合に出場させてもらいましたが、背の高い選手は守りが弱いというイメージがあって、すでに身長1メートル70を超えていた私は徹底的に狙われました。案の定、ミスにミスを重ねました。「代えてほしい」と思いましたが、監督の作道講一郎先生は交代させてくれません。結局、最後まで代えてもらえず、セット15-3くらいで大負けしました。《当時は1セット15点制》

 試合後、私が落ち込んでうつむいていたら、監督から厳しい言葉をあびせられました。

 「何を落ち込んでいるんだ。落ち込んだり反省したりは練習してきた者がすることだ。お前に、その資格はない」

 その通りでした。

 テレビアニメ「アタックNo.1」に出合い、コンプレックスだった背の高さを生かせるバレーボールを始めようと思ったのが小学4年生の時。近くにスポーツ少年団などはなく、本格的に始めたのは中学に入ってからでした。

 私にとってバレーは生きていくための手段であり、存在できる場所-。そう思ったはずだったんですが、もともと運動は苦手で体力もない。入部してすぐ、練習についていけなくなりました。1日練習を休むと、2日目、3日目と、サボることに後ろめたさが薄れます。

 親からも先輩からも、「練習に出ないとうまくならないよ」と忠告されましたが、「明日から頑張ろう」と、努力を先送りする日々でした。

 そんな中で迎えた新人戦。私を代えれば試合には勝てたかもしれない。でも2、3本ミスしただけで代えられていたら、私の心へのダメージは軽かったでしょう。翌日から、またサボっていたかもしれない。最後までコートにいたことで、ふがいなさや恥ずかしさを強く感じ、「やらなきゃ駄目だ」と肝に銘じることができました。

 それからは1度も練習を休むことはありませんでした。ランニングなら1周でも、サーブやスパイクなら1本でも多くやろうと努力しました。そうしたことで、ようやく長身を生かせるようになりました。

 バレー雑誌で日本リーグの強豪、日立の特集を見て、練習場が近くだと知ったのは中学2年の秋。「176センチ、左利き。どうやったらバレーがうまくなりますか」と書いた手紙を当時監督の山田重雄先生に送ったら、「練習を見学においで」と電話をいただき、そこから日立の練習に参加させていただけるようになりました。本当は(スター選手の)江上(由美)さんに手紙を出したかったけど、確実に返事とサインがほしかったので山田先生宛にした-というのは秘密です。

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