横浜M・中沢佑二が現役引退「1ミリの後悔もない」 - SANSPO.COM(サンスポ)

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横浜M・中沢佑二が現役引退「1ミリの後悔もない」

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横浜M・中沢  サッカーのJ1横浜Mは8日、元日本代表DF中沢佑二(40)の現役引退を発表した。昨年8月に左膝痛などの影響で、いずれもGK以外では歴代最多だったリーグ戦連続出場記録が199試合、連続フル出場が178試合でストップ。その後の治療で、思うように回復しなかった。「ボンバーヘッド」の愛称で親しまれた中沢は、クラブを通じて「やはりこのクラブでユニフォームを脱ぎたい」とコメントした。

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 波乱に満ちた20年の現役生活にピリオドを打った。契約延長を求めた横浜Mに対し、引退の意思を伝えた。酷使した膝の痛みが悪化し、昨年9月に手術。練習復帰後も回復は思わしくなかった。常に全力で取り組むことを信条とする男が、所属チームから届いた契約延長のオファーを断り、潔く決断した。

 「私、中沢佑二は、2018シーズンをもって現役を引退する決断を致しました。自分の中では、プロ20年目となる昨シーズンを一つの区切りとして考え、すべてを出し切るという思いで最終戦まで走り続けました。そしてシーズンを終え、改めて自分の思いを整理した中で、やはりこのクラブでユニフォームを脱ぎたい、そしてそれが横浜F・マリノスに対して一番の恩返しになるんじゃないかなという思いになりました」

 決して順風満帆なサッカー人生ではなかったが、「もがき苦しみ、がむしゃらにつかみ取ったプロ生活。来年もF・マリノスで現役を続ける選択肢もありましたが、最後は“中沢佑二”らしく、自分の決断を信じ、1ミリの後悔もなくピッチを去ろうと思います」と前向きな言葉を残した。

中沢 佑二(なかざわ・ゆうじ)

 1978(昭和53)年2月25日生まれ、40歳。埼玉・吉川市出身。埼玉・三郷工技術高卒業後、98年にブラジルへサッカー留学。99年にV川崎(現東京V)とプロ契約。99年3月のC大阪戦でJ1初出場、同年4月の名古屋戦で同初得点。2002年に横浜Mへ移籍し、翌年からのリーグ2連覇に貢献した。04年JリーグMVP。A代表デビューは99年9月のイラン戦。00年シドニー五輪、06年ドイツW杯、10年南アフリカW杯代表。A代表通算110試合17得点。187センチ、78キロ。

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