【チャンストーライ】原田隆司氏、日本が強くなるためにはレフェリーのレベル上がる必要ある - SANSPO.COM(サンスポ)

試合
速報

【チャンストーライ】原田隆司氏、日本が強くなるためにはレフェリーのレベル上がる必要ある

更新

2012年1月のトップリーグで主審を務めた原田氏(右)。レフェリーのレベルアップの必要性を訴えた  来年9月の開幕まで1年を切ったラグビーW杯日本大会にかかわる人々を取り上げる「チャンストーライ」。第4回は元日本協会公認A級レフェリーの原田隆司さん(51)の登場です。小学校教諭を退職し、プロレフェリーとして活動。現在は世界に通じる日本人レフェリーの育成に力を入れる異色の経歴の持ち主が、本大会に期待することとは-。

<< 下に続く >>

 グラウンドで技術向上を目指しているのは選手だけではない。レフェリーも同じように日々、努力を重ねている。原田さんは力を込める。

 「僕は日本のラグビーが強くなるためには、日本のレフェリーのレベルが上がる必要があると思っています。日頃のプレーが世界基準の判定では通用しないとなると、世界と戦えませんから」

 原田さんの肩書は「日本協会技術委員会審判部門ハイパフォーマンスグループ・マネジャー」。トップリーグ(TL)や国際試合を担当するトップレフェリーを育成、マネジメントする仕事だ。

 TLでは各試合の担当者を割り振り、シーズン中は全試合のレフリングをチェックする。TLのチームからの問い合わせに対応することもあり、迅速さを要する作業だ。加えて今季はW杯本番に向け、試合中の選手交代を管理する「ピッチコントローラー」の育成にも追われている。

 元々は小学校の教諭。24歳のとき「ラグビーと関わっていたかった」とC級レフェリーの資格を取得し、休日を利用して笛を吹いてきた。そして40歳のとき、レフェリー一本で生きていくことを決意。昇級とともに国際大会を担当する機会も増え「先生とラグビーのバランスが1対9ぐらいになっていた。僕にとってラグビーは削れないもの。迷いはありませんでした」と振り返る。

 ラグビーを取り巻く環境の変化に対する危機感もあった。

 「プロ化が進み、海外の代表監督や選手もTLに来ているのにレフェリーがアマでは、レベルに追いつけない。誰か24時間、真剣に考えて行動する人がいないと取り残されてしまう」

 今の原田さんの日常はラグビーとともにある。週末のレフリングのチェックから連日のミーティングや勉強会、東京の日本協会にも頻繁に足を運ぶ。「しんどいと思ったことはありません。ラグビーのために生きている。こんな幸せなことはない」と笑顔を見せる。

 そんな原田さんの視線は2020年以降を向いている。「W杯日本大会がステップになって、日本ラグビーのステージが上がってほしい」。ステージとは強さであり、人気であり、地位であり、プレーや見る環境であり…。つまり、ラグビーを取り巻く全て。ラグビーとともに生きる男の、切なる願いである。 (月僧正弥)

★プロレフェリーの収入

 TLなど公式戦でレフェリーに支払われるのは、交通費や宿泊費などの経費以外には日当だけ。原田さんによると、教員を辞めた後、「日当だけではとても生活できず、引っ越し屋のバイトをしていた時期もあった」という。原田さんの場合、TLのチームとアドバイザー契約を結んだり、依頼を受けて練習試合の審判をすることなどで収入を得てきた。現在の日本協会における仕事は、協会と業務委託契約を結んでいる。

★過去のW杯での日本人レフェリー

 1995年大会で斎藤直樹氏が主審、91年大会では八木宏器氏、99年大会では岩下真一氏が線審(現アシスタントレフェリー=AR)を務めた。しかし、制度が変わった2003年大会以降、日本人レフェリーはW杯のピッチに立っていない。

 現行制度で日本人がW杯で笛を吹くには、スーパーラグビー(SR)、さらに強豪国同士のテストマッチで実績を積み、ラグビーの統括団体でW杯を主催する「ワールドラグビー(WR)」に評価される必要がある。だが、SRの舞台に立つこと自体が狭き門だ。

 日本人では、16年4月に久保修平レフェリー(37)=日本協会所属=が初めてSRで主審を務めており、W杯日本大会のピッチに立つことが期待されている。

★日本のレフェリー制度

 都道府県協会公認のC級からスタートし、3地域(関東、関西、九州)協会公認のB級、日本協会公認のA2(今年度は7人。以下同)、A1(10人)、A級(6人)と試験や講習会などを経て昇格していく。C、Bは各公認協会の主催試合、A2は国際試合、TLを除く国内の全ての試合とTLのアシスタントレフェリー、AとA1は国際試合を含めた国内の全ての試合を担当できる。また、女子を対象にした女子A級(2人)があるほか、今年度からは日本協会主催のセブンズ試合を担当することができるセブンズA級(4人)も新設された。

原田 隆司(はらだ・たかし)

 1967(昭和42)年7月27日、堺市生まれ。51歳。元日本協会公認A級レフェリー。大阪・北野高、大教大時代はラグビー部に所属し、SOやFBでプレー。卒業後は大阪市内の小学校で教諭として勤務する傍ら、24歳でC級資格を取得し、レフェリーの道を歩む。40歳のとき教諭を退職してプロレフェリーとなり、48歳で現役を退くまで第一線で活躍。現在は原田闘球審判合同会社代表、日本協会技術委員会審判部門ハイパフォーマンスグループ・マネジャー。大阪市在住。

試合日程へ代表メンバーへ

PR