【関西レジェンド伝】正司歌江(3)すぐできた「かしまし娘」のテーマ - SANSPO.COM(サンスポ)

試合
速報

【関西レジェンド伝】正司歌江(3)すぐできた「かしまし娘」のテーマ

更新

1956年、かしまし娘結成時のブロマイド  私が富山で芸者をやっていた27歳の頃、大阪では次女の照枝と三女の花江の2人で漫才やっていましたが、下手でまったくウケない。本人たちが言うんだから間違いないです。

<< 下に続く >>

 そこで、戎橋松竹の支配人だった勝忠男社長(のちの松竹芸能社長)が「たしか姉がおったな。三味線も弾けて歌もうまいらしいやないか。姉を呼べ」と言い出しまして。父が富山に迎えに来ました。芸者置屋に700円の借金がありましたが、勝社長が払ってくれました。1956(昭和31)年のことです。

 8月30日に大阪に帰り、一日だけ稽古して翌31日には難波駅前の今のマルイの場所にあった南街ミュージックホールで初めて3人で舞台に立ちました。これが、かしまし娘としてのデビュー。すごいウケましてね。

 ただ、私がどうしても富山弁が出ちゃって、怒られた。やめたいと言ったら、当時人気の茶川一郎さんに慰められた。「あんたらが入ってきてくれて、活気が出たよ」と言ってくれたんです。続けられたのは、茶川さんのおかげです。

 最初はカタカナで「カシマシ娘」だったんですが、梅田の北野劇場に出たとき、看板に「かしまし娘」と書かれた。名付け親の勝社長も「このほうがやさしくてええな」。それでひらがなになりました。

 ネタは作家さんがつくって自分たちでアレンジ。照枝と花江ちゃんは楽譜が読めるけど、私は読めない。ただ、音感がいいので、全然知らない曲でも三味線でついていってました。私は民謡、照枝はジャズ、花江は歌謡曲が得意。でも、みんな全部のジャンルできますよ。器用でしょ。

 ♪ウチら陽気なかしまし娘 誰が言ったか知らないが 女三人寄ったら かしましいとは愉快だね~

 かしまし娘のテーマソングは脚本家の大村淳一さんの作詞で、作曲は長瀬貞夫さん。長瀬さんは三橋美智也さんのところでピアノを弾いてた方で、照江たちは以前から知り合い。姉妹3人で漫才やることになったので、照枝と花江が長瀬さんに曲をつくってくださいと頼みに行ったら、1時間もかからずに書いてくれたそうです。だから、あのテーマソングは結成と同時にできていたんです。もう何回歌ったことやら。

 民間放送が始まったばかりのテレビにも、すぐに声がかかりました。当時は生放送。舞台とテレビで休む間もない。でもね、テレビがあったから人気者になれました。その頃、東京では大阪弁が通じなくて、そうそうたる関西の芸人さんでもウケなかったりしたんですが、私たちは音楽を通じてわかりやすかったのと、姉妹というので親しみやすかったんじゃないでしょうか。妹たちも「歌江さん」と呼んでいたのをすぐに「歌江姉ちゃん」に直しました。

 そんな忙しい毎日の中で主人と知り合いました。7歳下で、朝日放送の「かしましアワー」などで音響を担当していたんです。60年9月に結婚しました。31歳でした。

正司 歌江(しょうじ・うたえ)

 1929(昭和4)年8月13日生まれ、89歳。北海道出身。56年に姉妹で音曲漫才トリオ、かしまし娘を結成。81年に活動休止し、女優として活躍。

ランキング

PR