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戸川昌子さん死去…5年前末期がん宣告も先月までステージで歌い続けた

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戸川昌子さん死去…5年前末期がん宣告も先月までステージで歌い続けた

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幅広い分野で活躍してきた戸川昌子さん。2001年7月には参院選に出馬、落選するなど様々な話題を提供した  推理作家でシャンソン歌手としても活躍した戸川昌子(とがわ・まさこ)さんが26日午前5時47分、胃がんのため静岡県内の病院で死去した。85歳。東京都出身。通夜は5月4日午後6時、葬儀・告別式は5日午前10時から東京都大田区東海1の3の1、臨海斎場で。喪主はシャンソンアーティストで長男のNERO(本名戸川尚作=とがわ・しょうさく)氏。5年前に末期がんの宣告をうけ、今年3月から入院し緩和ケアを受けていた。

 女流作家、歌手、サロンのママなど多彩な顔をもち、多くの人に愛された戸川昌子さんが亡くなった。

 息子でシャンソン歌手のNERO(38)によると、戸川さんは5年前に末期がんの宣告を受けた。それでも毎週月曜には、自身が開店した伝説のシャンソンバー「青い部屋」をコンセプトにしたステージに立ち続けていた。

 3月の第1月曜まで歌っていたといい、親交のある男性はサンケイスポーツの取材に「翌日から入院するとは言っていたが、痛いとも言わないので、それほど悪いとは思わなかった」と驚いたようす。店では好きだった「カンパリソーダ」や「赤ワインのソーダ割り」も飲んでいたという。

 戸川さんは東京・銀座の日本初のシャンソン喫茶「銀巴里」で歌手デビュー。「リリー・マルレーン」で人気を博した。小説家としても62年に「大いなる幻影」で江戸川乱歩賞を受賞し、翌63年には「猟人日記」が直木賞候補に。さらに同作が映画化されると出演し、女優にも挑戦した。

 また、77年7月に46歳でNEROを出産。当時の芸能界の最高齢出産として話題を集めた。67年に東京・渋谷で開店したシャンソンバー「青い部屋」は三島由紀夫、川端康成ら多くの文人に愛され、テレビのコメンテーターなど幅広く活躍。NEROは自身のフェイスブックで「戸川昌子の生き様を最後まで貫いた、立派な人生だったと思います」と最愛の母の死を報告した。

戸川さんを慕い、「銀巴里」でも共演した歌手・クミコ(61)の話「その歌と生き方で、自由であることの素晴らしさ、力強さを教えてくれた人でした。天国でも、自由奔放のままでいてください」

戸川昌子(とがわ・まさこ)

 1931(昭和6)年3月23日生まれ、東京都出身。戦争で父と兄を失い、都立高を中退し英文タイピストとして商社に勤務。50年代後半から「銀巴里」でシャンソン歌手として活動を始めた。推理作家としても62年に「大いなる幻影」で江戸川乱歩賞を受賞、63年の「猟人日記」は直木賞候補になった。67年に東京・渋谷に開店したシャンソンバー「青い部屋」は多くの著名人が集まり、文化の発信地となった。

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