【甘口辛口】駒大駅伝部の元監督で東京五輪「金メダル候補」だった森本葵氏 81歳で死去した陸上界のスターを悼む - SANSPO.COM(サンスポ)

【甘口辛口】駒大駅伝部の元監督で東京五輪「金メダル候補」だった森本葵氏 81歳で死去した陸上界のスターを悼む

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 ■3月4日 激しいポジション争いで接触、転倒も多く「走る格闘技」として欧米では人気の陸上男子800メートル。日本ではパッとしないこの種目にかつて「金メダル候補」がいた。森本葵(まもる)氏。今年の箱根駅伝で13年ぶり7回目の優勝を果たした駒大の元監督で、2月28日に腹部動脈瘤(りゅう)のため81歳で亡くなった。

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 三重県出身で中大を経て実業団の強豪リッカーミシン入社後、当時の西ドイツ・マインツ大に留学。欧州各地の大会を転戦し、めきめき力をつけた。東京五輪が開かれた1964年、6月にその後29年も破られなかった1分47秒4の驚異的な日本新記録をマークした。

 「スター誕生」と陸上界は色めき立った。五輪は10月。「森本にメダルを取らせるならこちらで調整し、わが国の選手団とともに直前の帰国がベスト」と西ドイツのコーチが提言したが、日本陸連は耳を貸さず猛暑の8月に帰国させた。180センチの長身で見栄えもよく聖火リレー最終走者の候補にも上った。調整どころではなく過労から急性肝炎を発症。東京五輪は準決勝で敗退した。

 その後、69年に請われて創成期の駒大監督に就任。95年には卒業生の大八木弘明現監督をコーチに迎え、手を携えて強豪校に押し上げた。「私が実業団から24歳で入学(83年)した頃はカドもとれ優しい監督だった。中大出身で縁のなかった駒大の基礎をがっちり固めた恩師。本当に残念」と大八木氏は悼んだ。

 「たら・れば」は禁句とはいえ、帰国時を誤らず五輪前の喧騒に巻き込まれなければ間違いなく決勝に残ったろう。急性肝炎と知り、日本中から肝臓によいとされるシジミが届いたというエピソードが残る。ご冥福をお祈りする。(今村忠)

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