【甘口辛口】のびのびと高校球児を育てた木内幸男元監督 飾り気のない人柄が持ち前の「木内節」からにじみ出ていた - SANSPO.COM(サンスポ)

【甘口辛口】のびのびと高校球児を育てた木内幸男元監督 飾り気のない人柄が持ち前の「木内節」からにじみ出ていた

更新

 ■11月26日 都道府県の魅力度ランキングで茨城県が8年ぶりに最下位を脱出して話題になった。高校野球の監督にそんなランキングがあったら、茨城出身の木内幸男さんが1位かもしれない。同県の取手二高、常総学院高を率いて春1度、夏2度の甲子園大会優勝を果たした。茨城弁丸出しで豪快に語り、笑い、人としての魅力にあふれていた。

<< 下に続く >>

 木内さんは24日、肺がんのため89歳で亡くなった。小欄は取材したことはなくテレビで見ていただけだが、「木内マジック」と呼ばれる意表をついた采配と笑顔のインタビューには引き込まれた。何度か会ったことのある知人が亡くなったような寂しさを感じる。

 県内屈指の進学校土浦一高を卒業したが、後輩のために進学せずにコーチになった。その後も「教員になると拘束が多くなる」と用務員や事務職員として指導にあたった。のびのびと選手を育て完投一点張りの高校野球で複数投手制、ワンポイントリリーフなど時代を先取りしたのも木内さんだった。

 知り合いの千葉の私立高元監督は「見た目は田舎のおじいさんでも野球に関しては雲の上の人だった」としのんだ。練習試合でよく胸を借り試合の合間にベンチ裏で昼食をとりながら話したという。「飯粒が飛んでくるほど声が大きく、ほとんど一人で話されていた。なまりが強く理解不能の部分もあったが、野球への情熱がもろに伝わってきた」。

 2003年夏、常総学院優勝で県民栄誉賞を贈られた。授賞式では「こんな立派な賞をいただいて、これから生きていくのが辛い。ふつうのオジサンに戻りたい」と笑わせた。飾り気のない人柄が持ち前の「木内節」からにじみ出ていた。ご冥福をお祈りする。(今村忠)

PR

×