【甘口辛口】序二段まで落ちた照ノ富士、元大関の肩書がついて回るのを忘れるな - SANSPO.COM(サンスポ)

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【甘口辛口】序二段まで落ちた照ノ富士、元大関の肩書がついて回るのを忘れるな

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照ノ富士  ■2月27日 アララギ派の歌人で精神科医でもあった斎藤茂吉がこう詠んだ。「番付もくだりくだりて弱くなりし出羽ケ嶽見に来て黙(もだ)しけり」。203センチ、195キロと昭和初期の大相撲では飛び抜けた巨人で人気者になったが、体をもて余し最後は三段目まで落ちた出羽ケ嶽の無残な姿に茂吉は胸を締め付けられた。

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 春場所(3月10日初日)の番付発表で茂吉の短歌をふと思い出させたのが、元大関照ノ富士の番付だ。193センチ、178キロの恵まれた体で「次の横綱」と期待されながら平成29年秋場所を最後に14場所勤めた大関の座を明け渡すと番付は急降下。4場所全休で春場所は序二段西48枚目まで落ちた。

 大関陥落の原因にもなった両膝の故障に加え、糖尿病にも苦しんでいる。大関経験者が幕下に落ちて相撲を取った例は過去にない。まして序二段でなお番付に名をとどめた元大関はいないが、師匠伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は「出るつもりで、こっち(大阪)にきている。リハビリだけならこない」と復帰をにおわしている。

 出る、出ないは師弟で決めること。本人が「土俵にあがりたい」というなら尊重するしかない。とはいえ、大関はかつて力士の最高位で横綱とともに特別な地位とされている。初場所は3人の大関陣は誰一人優勝争いにも加われず、そのうえ経験者が序二段の土俵に上がったら大関の重さが問われる。

 引退して年寄になるには日本国籍が必要で、モンゴル出身の照ノ富士は「帰化申請中のため引退できないのでは」という関係者もいる。事情があるのは察しがつくが、関脇止まりの出羽ケ嶽と違い序二段でも元大関の肩書はついて回ることは忘れないでもらいたい。 (今村忠)

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