黒江透修氏、甲子園でV9達成も…阪神ファンがなだれ込み宿舎に避難、畳の上で胴上げ - SANSPO.COM(サンスポ)

黒江透修氏、甲子園でV9達成も…阪神ファンがなだれ込み宿舎に避難、畳の上で胴上げ

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 巨人-阪神の公式戦が、15日の8回戦(東京ドーム)で通算2000試合を迎える。1リーグ時代から名勝負を繰り広げてきた両チームに在籍したOBたちが、「伝統の一戦」の思い出を語る。第1回は1964年8月に巨人に入団し、遊撃手として65-73年の9年連続日本一に貢献した黒江透修氏(82)=本紙専属評論家。

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 私が初めて阪神戦に出場したのは、都市対抗が終わって入団した直後の1964年8月16日(後楽園)。「8番・遊撃」だった。1打数無安打1四球で交代したが、これが伝統の一戦かと緊張したのを覚えている。

 翌65年に9連覇が始まった。その間の阪神は2位が5度、3位が3度。最大のライバルだったといっていいだろう。川上哲治監督は阪神戦になると「絶対に負けるな!」とナインを鼓舞し続け、勝敗は二の次のオープン戦でさえも負けると機嫌が悪かった。

 最も印象深いのは、9連覇を決めた73年10月22日(甲子園)の一戦。阪神に0・5ゲーム差の2位でシーズン最終戦を迎え、直接対決で勝った方が優勝という大一番に9-0で快勝した。

 川上監督を胴上げをしようとマウンド付近に集まると、一塁側の観客席から阪神ファンが怒声を発しながら、グラウンドになだれ込んできた。私は「早く逃げろ!」と王貞治のお尻を押して、三塁ベンチへ走った。ファンが伸ばしてくる手を何とかかわして事なきを得たが、追いつかれた王は突き飛ばされてベンチにぶつかった。

 阪神ファンはほぼ手中にしていた9年ぶりの優勝を逃した上に、相手が巨人とあって、よほど悔しかったのだろう。ベンチ裏で1時間近く待機してからバスに乗り込んだものの、まだ取り囲んで物を投げつけるファンがいて、なかなか発車できなかった。

 ようやく宿舎の竹園旅館(芦屋市)に戻ると「ユニホームのまま大広間に集合!」と号令がかかり、川上監督を胴上げした。畳の上での胴上げなんて、後にも先にもこの年だけだ。

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