【虎のソナタ】猛虎が戻ってきた…と信じたい 佐藤輝に藤村さんの太いマユが重なった - SANSPO.COM(サンスポ)

【虎のソナタ】猛虎が戻ってきた…と信じたい 佐藤輝に藤村さんの太いマユが重なった

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 奈良・東大寺の「修二会」の厳粛な儀式によって季節が春めく3月…。

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 19日開幕の選抜高校野球大会の球児たちにもやたら制限がかかってはいるが、なんとか甲子園の開会式もできる。弥生3月1日は米国の各地では『豚の日』としてニギヤカなのだそうだ。美人姉妹が提唱したのが始まりらしい。ヘンなの…と思っているところに朝、例の7万4000円の料理をゴチになっていた内閣広報官女史が辞表を出したというニュース。バラバラの価値観…。

 昨年、この3月がスタートした頃はプロ野球などスポーツ界はコロナに振り回されて、てんやわんや。それに3月1日から6府県で『緊急事態宣言』が解除されたけれど…もう疲れたョ。さて本日のトラはキャンプ打ち上げ。矢野監督の3年目の『総括』が満載。番記者たちの分析は紙面でタップリとどうぞ。

 「今年はスーパールーキー佐藤輝明をどのポジションで使うか? がすべてです。宜野座で驚いたのはその時々によって佐藤輝の“顔”が変化するんです。彼をずっと追いかけていた水島カメラマンも『こんなに表情が豊かな選手はみたことない』と驚いていた。それを座標軸として我々はこの新生矢野トラをどう分析していくのか」というデスク阿部祐亮は、宜野座取材から帰阪後、カンテレの「報道ランナー」に出演して独自視点から「佐藤輝明」を語った。御覧になった方も多いでしょう。もちろん自主トレから沖縄まで佐藤輝番として鼻毛の本数? まで取材し続けた原田遼太郎記者の記事もおススめですゾ。

 「毎日、その顔が変わる」といえば、初代ミスタータイガースといわれたレジェンドの故藤村富美男氏もそう評された。ある時は甲子園での試合が終わり、国鉄(現ヤクルト)の選手らが甲子園球場の風呂で汗を流していると、いきなり藤村さんがズカズカと入ってきて、若き日の金田正一氏らを「お前ら、そこに並べ」と整列させ「ナニをみせろ」という。

 ナニって(食事中の方はごめんなさい)言われてもなぁ…。でもって「おい、どんな時でもシュン太郎じゃあかん!」と一喝。その時に天下の金田さんは“虎の穴の親分”みたいなおっさんに「お前は度胸がある」とホメられたそうだ。

 そうかと思えば、藤村さんは酒が飲めない。ビールをおチョコで一杯…まるで若き日の星野仙一のような下戸。こんなエピソードは枚挙にいとまがない。青田昇氏によると、プロ野球創成期には巨人軍の選手が球場通路ではすれ違うと、全員が「フジさんに道を譲った」という。

 その藤村さんの引退試合が1959年の3月1日。日曜日に甲子園で巨人とのオープン戦が予定されていた。長嶋茂雄氏もあこがれたという猛虎・藤村富美男の人気と実力。相手は巨人。当時は物凄い人気。ところが、それが藤村さんの運命なのか1日は雨…。仕方なく試合は翌2日の月曜日になる。当時の球団発表は「せっかく引退の試合だから」とあえてかなりサバを読み「観衆2万5000人」と発表。もしその日が日曜だったら…甲子園は超満員だったのだ。

 ただし、引退試合での巨人水原監督(当時)の「大リーグはベーブルースの活躍によって今日の隆盛があった。日本のプロ野球は藤村富美男選手の努力が大きい」というコメントに藤村は大粒の涙を流した。新人だった村山実はこの試合で“甲子園デビュー”し、2回を無失点に抑えた。そんなことをフト思い出しながら、佐藤輝に藤村さんの太いマユが重なった。甲子園に猛虎が戻ってきた…と信じたい。

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