【虎のソナタ】嵐の宜野座…虎の未来は晴れますように 天国のノムさんに思わずお願い - SANSPO.COM(サンスポ)

【虎のソナタ】嵐の宜野座…虎の未来は晴れますように 天国のノムさんに思わずお願い

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 キャンプ地・宜野座に掲げられた半旗は「豪雨の中、突風で引きちぎられそうなぐらいに、はためいてました」とトラ番キャップ・長友孝輔が伝えてきた。突然の訃報からちょうど1年の2月11日。天国の野村監督が「もっと考えて練習しなさい」「そんな練習じゃダメだ」と怒っているかのような、とんでもない嵐の命日になった。

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 「僕は楽天の監督の印象ぐらいしかなくて。チームの土台を作って、星野監督が受け継いで2013年、日本一になったんですよね。その前に、阪神監督時代にも、03年の優勝の土台も築いた方だと聞かされてます」

 トラ番最年少25歳の織原祥平にとっては、遠い遠い「歴史上の人物」の感覚のようだ。

 キャップ長友になると、もう少し距離が近くなる。著書は何冊も読んだそうだ。

 「原口が、偉大な捕手として、名監督として、野村さんをすごく尊敬していて、ずっと会いたがっていたので、会わせてあげたかったです」

 19年6月23日。振り返れば、あれがノムさんが甲子園に来た最後の日になった。テレビ解説を兼ねての仕事だった。長友から原口の願望を伝え聞いていたから、何とかタイミングがあえば、とノムさんの横で取材していた私は原口の姿を求めてキョロキョロ。が、ノムさんが一塁側ベンチに到着した時は、ちょうど梅野が打撃を終えた時間帯。結局、梅ちゃんは談笑できて、原口は会えずじまい。申し訳なかったなぁと今も思っている。

 「でも、原口はサンスポ紙面を通じて野村さんからメッセージをもらったんです。捕手は打撃よりもまず守り。投手の的になれ、という趣旨の言葉で、すごく喜んでいたのが印象的でした」

 いろんな人の中に「野村克也」は残っているんです。

 あの日。甲子園で去り際に「大阪のサンスポが仕事をくれないから、なかなか甲子園に来られない」とボヤくので、「上司に言っておきます。また来てください」と挨拶。すると「お前の力じゃ無理やろ。2度と来ることはない」と憎まれ口。笑ってタクシーを見送ったが、まさか、それが本当になるとはなぁ。

 さて、宜野座はキャンプ前から最も恐れていた状況だった。

 雨が降ったら、ドーム内での練習になりますよ! コロナ禍で、密を防ぐ意味でも報道陣はドームの中には入れませんよ!

 事前に球団から、取材どころじゃないと予告されていた。

 そして-。練習試合が早々に中止になるような雨。さらに風。ドーム外壁のシャッターはほぼ閉められてしまい、トラ番記者は仮設のプレスルームなどで映像を見ながらの取材という不思議な光景になった。

 やがて、優しい阪神球団の配慮により、各社の代表1人が中に入れることになり、30分交代でトラ番たちが中の様子をメモでやり取り。これまた、不思議な光景だ。

 「なぜか、きょうは駐車場が右翼スタンド後方の遠い場所に設定されていて、往復でずぶ濡れになるんですよ。今、僕はズボンを脱いで、車のエアコンで乾かしながら電話してます」

 電話の向こうの長友キャップが惨状を訴えてきた。せめて、この先はずっと晴れますように…。天国のノムさんにもお願いしますか。

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