【虎のソナタ】祝5500回!こんな大河連載になるとは 全世界の阪神ファン、読者の皆様に感謝 - SANSPO.COM(サンスポ)

【虎のソナタ】祝5500回!こんな大河連載になるとは 全世界の阪神ファン、読者の皆様に感謝

更新

 本日の宜野座はキャンプ初休日。今年の虎はとても威勢がイイから我が虎番軍団のリポートでときめいてください。

<< 下に続く >>

 無常は春の花…有涯は秋の月だ…。桜はちょっとした風でも散るし、秋の月はすぐ雲間にかくれてしまう(平家物語)という。朝から「今日は燃えないゴミの日」とガサゴソしてたら奥方が「どこに行くつもり!」だと。青二才の頃、京都大原の寂光院をたずねたことを思い出す。はかない建礼門院の悲運を思い、こういうタイプこそ理想と思った。それが虎番になって結局は建礼門院とは似ても似つかない“剣”礼門院との我が人生…。似ていたのは猛虎軍が関門海峡のたぎりて落つる潮流に常に無残な“散り方”をした平家に共通する寂寥感があったぐらいか。

 だけど今年は違う。猛虎軍は4日の初紅白戦。我が佐藤輝、井上も3の0でアレレ…だったけど心配しなさんな。あえていわせてもらうと我々のフォーカス(焦点)を尻目に4日はブルペンで101球投げてかつての甲子園全盛投球への原点回帰をみせた藤浪晋太郎のワインドアップの熱投。2年目、西純の紅白戦での成長ぶりが現場からの熱い報告だった。あのON巨人に対していつも互角に戦かった村山-江夏時代の投手王国の「原点」が着実に芽吹き始め、侍ジャパンの稲葉監督も熱視線を送っていたではないか。

 なぜ今、藤浪か…。読者の皆様はスルーしていらっしゃるだろうがこのサンスポ紙上でよくもまぁすりキレることなく花も嵐もふみこえてきたこの怪コラム『虎のソナタ』が本日付で5500回を迎えたことに御礼申し上げたい。

 記念すべき第1回は2004年10月27日。岡田彰布監督が03年優勝の星野仙一監督から名門復活の使命を引き継ぎいきなり4位に落ち、倉敷での秋季キャンプから名門再建へ第一歩がスタートして2年目に結実する。「まず対話からや!」と岡田監督のあの目は澄んでいたなぁ。

 その日からこのコラムも歩み始めたのですが、最初は「ま、10回ぐらいか…」当時運動部長植村徹也(現産経新聞特別記者)の一言…それが今や全世界の阪神ファン、読者の皆様と運命をともにする“大河連載”となるとは…。その時ゴルフ担当だった畑恵一郎(現編集局長)が虎番キャップ。サブは現ロッテ球団で辣腕をふるう梶原紀章広報室長で、03年に入団した鳥谷敬選手が今やそのロッテで頑張る…まさに人生回り灯籠。岡田監督で05年に念願のリーグ制覇! ああだがしかし、名門阪神の有為転変。たぎりて落つる潮に翻弄されていく。

 12年10月25日、虎ソナは2562回を数えたその日にドラフトで和田監督が「天の配剤」とまでいわれた大阪桐蔭高・藤浪晋太郎をグイッと引き当てたのです。実はまだ甲子園大会前なのに7月24日にサンスポは「阪神ドラフトは藤浪!」とドカン。3カ月後の当日は局長植村徹也が自ら万歳三唱。その日が当番デスクの大澤謙一郎(現運動部長)は早朝から斎戒沐浴し、神戸の近所の有名三神社をまわり必勝祈願。それが2562回目の「虎ソナ」となった。

 かくして“球史”は塗り替えられて『虎ソナ』は和田監督で3000回目(14年1月20日)をクリアし、4000回(16年11月11日)は金本知憲監督の1年目。5000回(19年9月7日)は矢野監督1年目でした。あえて再生機運を藤浪晋太郎に託すのは彼が猛虎復活の息吹く青春を象徴していると思うからです。禍福 道を同じうす(苦しみと幸せは同じ道からやってくる=平家物語)というじゃないですか。

PR

×