【虎のソナタ】「1・17」当時生まれた2人が立派な虎番に あの大震災乗り越えたんだからコロナ禍だって… - SANSPO.COM(サンスポ)

【虎のソナタ】「1・17」当時生まれた2人が立派な虎番に あの大震災乗り越えたんだからコロナ禍だって…

更新

 穏やかな鳴尾浜球場にトラ番・菊地峻太朗が到着。新人合同自主トレは休日だが、先輩選手たちが次々と姿を現した。その中に2年目・井上広大も。キャッチボールなどの練習パートナーはドラフト7位・高寺望夢内野手(上田西高)だった。

<< 下に続く >>

 「1年前は、井上クンも初々しかったのですが、先輩になって、後輩を引き連れている姿を見ると、すごく頼もしく感じましたね。ルーキーイヤーに1軍を経験すると、こうも成長するんだなぁと思いながら見てました」

 ことしの高卒ルーキーは高寺ひとりだけ。かわいくって仕方がないのかもしれない。そんな井上の“お兄ちゃん”の仕草を眺めながら、急に羨ましくなったという菊地記者。というのも、サンスポに入社して丸3年が過ぎようとしているのだが、いまだに後輩がいない。もちろん、毎年のように新入社員は入ってくるのだが、社内事情で他の部署に配属されて、運動部の後輩は今もってゼロ。いつまで経っても“下っ端”が変わらない。

 「別に後輩に偉そうにしたいとかは思ってませんよ。ただ、忘年会の幹事をいつまでするんだろうか、と思うと…。とにかく後輩が欲しいです」

 理由があまりにちっちゃすぎるが…。とはいえ、故野村克也大監督も「指導するということは、自分の言葉に責任を持つこと」とおっしゃっていた。井上はことし、さらに飛躍する予感が。菊地の成長のためにも、後輩はぜひ、来てほしいもんだ。

 菊地の1年先輩、原田遼太郎。すぐにできた後輩たちに毎日のようにあれこれ熱烈指導しているおかげ?か、かなり頼もしく映る。昨日は沖縄自主トレ組をリモート取材を担当。

 「映像では半袖で動いている選手も。沖縄は暖かそうですね。早く行きたいです」

 ちなみに、1年前のキャンプ打ち上げ時。原田は思ったそうだ。

 「2度と沖縄になんか来るもんか!」

 1カ月に及ぶキャンプ取材は過酷だ。特に阪神は毎日1面から3面、ときには4、5面まで阪神の記事で埋め尽くさなければいけない。そんな作業を来る日来る日も続けていたら、いい思い出なんて残るはずがない。

 「と思って那覇空港から飛び立ったのですが、1年かけて、徐々に忘れて、今はキャンプが待ち遠しくなってきました」

 かなりトラ番らしくなってきた。そのうち、休みの日に高知・安芸のタイガータウンを訪れたり、「宜野座は第2のふるさとだ」な~んて記事を書き出したりするんだろうなぁ。

 さて本日は「1・17」。阪神・淡路大震災からちょうど26年です。広島出身の原田記者は「高速道路が倒壊している写真は衝撃でした」。横浜出身の菊地記者も「観光バスが高速から落ちかけている写真が印象に残ってます」。

 あの時、そろってゼロ歳。生まれたばかりの2人が立派に成長して、今やサンスポを背負って立っております。激震で飛び起き、自宅を飛び出し、嫌がるタクシー運転手を説得して甲子園に駆け付けた大先輩記者としても感慨が。

 震災後の辛い日々を乗り越えたんだから、コロナなんか吹っ飛ばせる! そう確信した26年目の「1・17」です。

PR

×