【虎のソナタ】ここぞでペルソナ捨てられるかどうか 中日第2次政権時代に星野仙一氏ポツリ - SANSPO.COM(サンスポ)

【虎のソナタ】ここぞでペルソナ捨てられるかどうか 中日第2次政権時代に星野仙一氏ポツリ

更新

ベンチで頭をかく矢野監督。苦しい2連敗となった  矢野監督はある意味でとても素直な人だと思う。捕手出身の監督は、アノ方を例に出すまでもなく、ほとんどがポーカーフェイスが多い。

<< 下に続く >>

 「ふふん、それもまた一つの作戦よ」と言っていた野村克也さんは現役時代、わざと打席で♪月が出た出たぁ…と炭坑節を口ずさみながら捕手を疑心暗鬼にしてホームランを打ったこともある。

 だが、矢野監督はとても正直だ。この日も0-3とリードされた三回に代打長坂を出してからベンチで少しうなだれている感じだった。今季初打席だからなぁ…オッ、長坂の打球が左翼席にガーンと2ラン! とたんにはじかれるように元気になったけれど…。

 矢野監督は今年12月で52歳。そういえば、中日で第2次政権の52歳の星野仙一監督(1999年)と、ゆっくり話したことがある。39歳で中日監督なって2度目の指揮でちょっとした“仙一ブーム”を巻き起こしていた。打倒巨人! 権威に立ち向かう匂いは「男の理想」だ。

 だが…2度目の時はさすがに年輪が顔に出て彼はコーヒーをのみながらポツリとこういった。

 「監督ってペルソナ(仮面=人格の内面)をここだッという時に捨てられるかどうかなんだョ…」

 疲れてるのか…星野仙一と思った。彼はその1999年に優勝し、2002年からは阪神の監督に。甲子園のベンチに手をかけてシンミリと「ここが俺の死に場所かもしれん」とつぶやいたのも本音なのだった。

 2年目の03年に阪神を優勝させた。しかし阪神を燃える虎にした星野は体調の面もあり、故久万俊二郎オーナーとの約束通りに岡田彰布に「監督の座」を禅譲してSD(シニアディレクター)に就任した。

 その岡田阪神2年目の05年。あの最強リリーフトリオの『JFK』を確立して、落合中日との激烈な優勝争いを演じる。が、苦境にも立つ。そのし烈なV争いのなかで分水嶺となったが、9月の中日戦。特に9月7日のナゴヤドームでの対決だ。九回裏の際どい判定に岡田監督が猛烈に抗議し、選手を一時、グラウンドから引き揚げさせるという驚愕の反抗采配をみせたのは今でも語り草だ。

 「あれが岡田監督がペルソナ(仮面)をかなぐり捨てた場面だ」(星野仙一)という。リクエスト制度は当時はないから判定は覆らない。同点に追いつかれ、なお満塁のピンチで、守護神・久保田に岡田監督はとんでもない指令を出したのだ。

 「もう打たれろ。かまへん、お前は悪くない。ムチャクチャ投げたれ!」

 生真面目な監督が、ペルソナをかなぐり捨てたのだ。

 そして延長十一回に中村豊の決勝ホームランが出た。中日監督落合博満はニヒルに「九回の岡田監督の形相(覚悟)に負けたな…」と言った。

 虎は優勝した。

 だが、この日の我が虎軍団はペルソナをかけたままだったのが切ない。

 この日、首位の巨人は横浜でDeNAに勝利した。それがどうしたってんだ、それが。どんな試合になってもジッと表情を変えない原辰徳という監督は、どんなペルソナを胸に秘めているのだろうか。

 ロシアの作家ツルゲーネフはこう言っている。

 「乗りかけた船にはためらわず乗ってしまえ」と。

PR

×