【虎のソナタ】「2年目田淵の軸足」息づく阪神・大山の右足 試練乗り越え努力結実…貫禄ついてきた主砲 - SANSPO.COM(サンスポ)

【虎のソナタ】「2年目田淵の軸足」息づく阪神・大山の右足 試練乗り越え努力結実…貫禄ついてきた主砲

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九回に二塁打を放つ大山。好調をキープしている  ナゴヤドームにはこの日、9732人のファンがかけつけた。いわゆる“Go To スタジアム”というやつだ。

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 「この雰囲気だけでも興奮します」と記者席でドラ番の須藤佳裕も声を弾ませてきた。「おまけにゲーム後の監督取材はシーズン初の“対面取材”でして、もうドキドキで…」とうれしそうだ。開幕からコロナ禍でほとんどの取材はパントマイム状態。学生時代に放課後の教室で交換日記というのではない。色気もないし、しゃれにならない。須藤が緊張してワクワクしてたのが新鮮だ。

 そして、試合内容がこれまた…消化不良気味だ。それでフッと何気なく…大山の右足(軸足)に注目した。トラ番の原田遼太郎は「試合前の練習でも大山選手はとても元気でした」と報告。ここぞというところで期待をいだかせてくれる主砲だからこっちも編集局を浮遊しながらルンルン。

 「な、わかっとったんや。期待どおり大山には威厳と貫禄がついてきたやん。おれは春先からいうてたやろ…」なんてしたり顔で繰り返していた。(それまではノノシってばかりいたのは誰や…ごめん)そんなの気にしてたらこのコロナ禍に果敢に生きていかれまへん。世間にはあれだけの炎熱地獄などがあったのにちゃぁんと秋の気配がすると『彼岸花』が咲いてるやおへんか。

 さて、冒頭の「大山の右足(軸足)」に注目したのはほかでもない。実は昨年のこの日(9月19日)初回に近本光司選手が甲子園のヤクルト戦で新人として154安打を記録した。これが1958年の巨人長嶋茂雄選手が放った新人の年間153安打を超え新記録だ。その記念すべき日に鳥谷敬選手は代打で“らしくない”凡打…チームは5位転落。メッセンジャーが涙の引退。後輩の藤浪投手を思いやり「ときには後退することも大事。頼れるところは頼って…」という言葉を残した印象がある。

 あれから1年…藤浪はその“軸足”で苦悩している?が虎の主砲にはいくつかの試練が波のように襲った。そのたびに大山は慎重に言葉を選びながらこのシーズンをジッとひたすら頑張り続けてきた。

 その姿は巨人軍の主砲を期待された王貞治選手(現ソフトバンク会長)の若き日の荒川コーチとのマンツーマンの苦悩の日々が重なる。実はその苦悩ぶりを書くのが本意ではない。打倒王貞治に燃えた2年目(70年)の阪神田淵幸一に阪神は藤井勇という左打ちの特任コーチをつけた。その藤井さんはなぜか田淵に流し打ちを封印して左翼中心打撃を教えた。

 「22本も打って新人王にもなった田淵になぜ…」と藤井さんにしつこく問いただしたが、彼も、そして田淵も筆者の問いには沈黙し続けた。

 だが、その2年目の田淵は開幕から猛然とホームランを量産しはじめてさすがの王さんも荒川道場の畳の淵を特に入念に踏まないように注意してスイング練習をされたらしい。つまり田淵の台頭は王さんが「いよいよきたか…」という目で田淵を認めていたことなのだ。どうやらその“王貞治と田淵幸一の実力差”のカギを藤井コーチは「右打ちの田淵の軸足にあり」として徹底して左翼打ち(軸足の安定)をたたきなおしたらしいのだが…。後日に藤井さんは私ごとき若造トラ番に「シロウトにしては嫌なとこをみてるな…」といわれた。

 その軸足がカギで王さんに肉薄した。(田淵は甲子園でも左翼狙いに徹底したのだ…)がそれが軌道にのりかかったときに…2年目の夏、あの広島戦での頭部死球…。着実に王さんの背中が見えていたのにだ。

 この日、最終回に大山は右流し打ちの絶妙な長打。そのメンタリティーはまだ消滅したわけではないのだ…。

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