【球界ここだけの話(1972)】中日の昇竜館・中原館長、3カ月の“帰宅自粛”で奮闘中 - SANSPO.COM(サンスポ)

【球界ここだけの話(1972)】中日の昇竜館・中原館長、3カ月の“帰宅自粛”で奮闘中

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 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、中日がチーム関係者らに外出禁止令を出したのは3月3日のことだった。自宅ではなくナゴヤ球場に隣接する選手寮「昇竜館」で暮らしている若竜21選手にとっては、練習以外の活動範囲が限られた生活が丸2カ月に差し掛かろうとしている。

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 コロナ対策として3月以降、食事は2班に分けて選手同士が対面にならない位置に座り、共同浴場もサウナの使用を禁止して「3密(密閉、密集、密接)」を回避。また、他選手の部屋への訪問もNG。5~6人の選手が集まって会話を弾ませる光景が日常的だった1階の共有スペースも4月中旬から使用を禁じ、さみしい空気が流れているという。

 中原勇一館長(61)は「不自由があってかわいそうだけど仕方ない。選手たちは工夫してくれている」。藤嶋がトレーニング用のロードバイク、ドラフト4位・郡司(慶大)が電子ピアノをそれぞれ購入して自室に運び込んだように、選手が個々にアイテムを手に入れて思い思いに時間を有効活用していることを喜んだ。

 「2月26日からですからもう3カ月は家に帰ってませんよ。それからずっと禁酒です」

 かく言う中原館長は選手たちよりも長く寮に留まる“帰宅自粛”で奮闘中だ。普段は受付に立つ3人の女性職員も4月10日から休ませており、宅配業者の応対などほとんどの仕事を一人でこなす日々。自宅と寮との往来で感染して選手にうつしてしまうリスクを避けるため、我慢を続けている。

 「開幕が見えてきたから、ここで選手たちがかかるわけにはいかない。開幕後も(12球団で)一人でも感染者が出ると分からなくなる。ここからが大事です」

 全体練習再開ののち、練習試合も解禁となれば集団で都道府県をまたぐ移動は避けられず、感染予防をより徹底しなければならない。無事に開幕を迎え、シーズンを戦い抜けるよう、これまで以上に気を引き締めさせていく。(須藤佳裕)

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