【コロナ打ち破れ!各界から猛虎にエール】星野伸之氏「頑張った先に必ず感動の光景待っている」 - SANSPO.COM(サンスポ)

【コロナ打ち破れ!各界から猛虎にエール】星野伸之氏「頑張った先に必ず感動の光景待っている」

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95年、星野氏(車上(右))はイチロー氏(同(左))らと優勝パレードで手を振る。2人の間で座っているのが仰木監督  全世界を襲っている新型コロナウイルス。ついに阪神からも感染者が出て、開幕すら見通せない状況だ。サンケイスポーツでは「コロナ打ち破れ!」と題して、各界からタイガースへエールを届ける。第1回はオリックス、阪神で通算176勝を挙げた星野伸之氏(54)=サンケイスポーツ専属評論家。オリックス時代の1995年、阪神・淡路大震災を乗り越えた先に見えた、感動の光景を思い出してくれた。(随時掲載)

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 今回の騒動は、球界の誰も経験したことがない事態なので、正直、何とコメントしていいかわからない。ただ、私が経験した阪神・淡路大震災の時も、日本全体は不安を抱いたままの開幕だったので、そういう点では似ている部分はある。

 あの時は、自主トレ期間中の1月17日に大震災が起きて、そこからキャンプの終了まで、自主トレの延長みたいな練習しかできなかった。自宅周辺を見渡しても、がれきの山で、とても野球どころではなかったし、野球をしていいのか、という状況だった。本当に春になったら開幕するんだろうかという不安に、ずっと駆られていた記憶がある。

 そんな中、宮内義彦オーナーが「たとえ無観客になっても野球をやるぞ」と球団を通じて激を飛ばされたので「とにかく頑張るしかない」と気持ちを高めた。

 それでも調整は苦労した。通常の投手は、キャンプ中に一度、ピークに持っていって、いったん調子を落として再び開幕に合わせる。あの年は、それができずに、いきなり開幕に合わせた。まさしくぶっつけ本番。

 対して今回は、被災地の現状のような、目に見える被害はない。だから厄介。感染者がこの先、どれだけ増えるのかも分からない。震災の時以上に不安になるのも想像に難くない。

 投手出身としては、やっぱり投手のことが心配になる。特に今回は一度、3・20開幕に向けて仕上げて、そこから何もできない状況に突入。25年前とは正反対。おそらくこっちのほうが調整は難しい。

 自宅待機で何ができるんだろうか。近所を走れる。でも、大っぴらにキャッチボールをしてもいいんだろうか。まもなく開幕投手を務めるであろう西勇が壁当てで調整するなんて、ありえない状態だ。投手コーチの立場なら「少しでもボールは握っていて」と願うしかない。何かと相談するトレーナーがそばにいないことも、不安を助長するだろう。

 本当に何から何まで不透明。ただ、だからといって沈んでいても仕方がない。今回は震災直後と違って12球団すべてが同じ条件。割り切ってほしい。そして、忘れられない光景を伝えたい。25年前、オーナーが「無観客でも」と言った開幕に、多くのファンが球場に足を運んでくれた。360度見渡した、あの感動は今も忘れられない。そして優勝へ-。頑張った先に必ず感動の光景が待っている。現在のタイガース戦士もそう信じて、今を頑張り抜いてほしい。

★1995年のオリックス

 仰木彬監督2年目の1995年1月17日に阪神・淡路大震災が発生。オリックスが本拠地を置く神戸市は大きな被害を受けたが、同市内の球団施設は軽微な損傷で済んだ。球団関係者も無事だったが、がれきと化した街で練習できない日々が続いた。2月1日には計44人で宮古島キャンプへ出発。4月1日に開幕(グリーンスタジアム神戸で本拠地開幕)したシーズンは「がんばろうKOBE」を合言葉に、82勝47敗1分けで球団としては11年ぶり、オリックスとなってからは初のリーグ優勝を決めた。観客動員数165万8000人は球団新記録。日本シリーズでは野村克也監督率いるヤクルトに1勝4敗で敗れた。

星野 伸之(ほしの・のぶゆき)

 1966(昭和41)年1月31日生まれ、54歳。北海道出身。旭川工高から84年D5位で阪急(現オリックス)に入団。87年から97年まで11年連続2桁勝利を挙げ、95、96年のリーグ連覇に貢献。89、96年に最高勝率。2000年に阪神にFA移籍。02年に引退。130キロ台の直球とスローカーブを武器に、通算427試合176勝140敗、防御率3・64。06年から09年まで阪神2軍投手コーチ。10年からオリックスで1軍投手コーチなどを務めた。現役時代は183センチ、84キロ。左投げ左打ち。

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