【虎のソナタ】ノムさんに託したかった鳥谷再生 - SANSPO.COM(サンスポ)

【虎のソナタ】ノムさんに託したかった鳥谷再生

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ノムさんなら鳥谷をどう立て直していただろう。人材再生の名手だった  「ムラ(阪神・村山実氏)よ、あんまり長嶋茂雄一人にライバル心を燃やしすぎるとあかんでぇ。人間の脳は“閉じてしまう”からなぁ」

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 これはまだ若い頃、当時南海ホークスの監督だった野村克也さんが、筆者と村山さんと3人で空港で時間待ちをしているときに、ボソッといったセリフだ。

 野村さんは現役のときからちょくちょく阪神のエースだった村山さんに深夜でも電話をかけてきて「あのなぁ、また頼むわ」。体が弱かった前夫人・正子さんの病院の手配を、顔が利く村山さんに頼みこんでいた。

 1962(昭和37)年11月17日の日米野球。デトロイト・タイガース戦(後楽園)で、村山さんは大リーガーを相手にわずか2安打、三塁を踏ませず完封勝利を飾った。強打で評判だったタイガース打線をきりきり舞いさせたのだが、マスクをかぶっていたのが野村さんだった。

 この時に「ノムさんのリードはすごいヮ」と大感激して以来、リーグを越えたバッテリーの絆はプライベートでも強かった。だから、病弱な前夫人のことを、ノムさんはたとえ深夜でも村山さんに頼ったのである。

 そして11日の訃報。12日付のサンスポ6面に産経新聞特別記者植村徹也が書いているが、村山さんががんで逝ったとき、イの一番に駆けつけた野村さんは村山さんに向かってしっかりと「阪神の監督の座」を引き受けることを誓ったのである。

 それを紹介するのが、きょうのテーマではない。

 野村さんには多くの偉大な功績があるが、「人材再生の名人」ともいわれていた。江夏豊さんを抑え投手に改造したことが有名だが、それを口説くのに突然、一緒に風呂に入ってきて背中を流しながら「江夏よ、俺と一緒に革命をおこしてみんか」と言ったそうだ。思わず江夏は「まさかノムさんはそっちの気があるんか? とさえ思ったヮ」と苦笑いしていたが、彼は見事に抑えとしてよみがえり、両リーグでMVPに輝いた。

 この至芸の再生工場長・ノムさんに、今思うに鳥谷敬の再生を特注してもらっていたらなぁという思いが、とても強く思う。なにしろ昨年の今頃のキャンプで、鳥谷選手はとてもイキイキしていたのだ。

 そのレシピの項目を紹介するのではないが、筆者の知る限り、エッセンスを披露してみるとこうだ。

 (1)選手に現状を強制的に認識させる。

 (2)「いまのままなら君はおしまいだぞ」と追いつめて、選手の反骨心を刺激する。

 (3)具体的にその選手の不安材料を指摘し、取り除く方法を指示する。

 (4)その選手に向いた「言葉」をかけてやる。

 (5)自分がプレッシャーの中にいる宿命を悟らせる。そして、結果については監督にも責任があることをくどいほど説明。

 (6)投げる、打つではなく「勝負する」ことを理解させる。あとはもう選手を信じて待つ。

 実は続編がある。

 この項目のエッセンスをこっそりと元阪急・近鉄などの監督だった西本幸雄さんが元気な時に見てもらった。

 「…」

 長い沈黙のあと、弱小チームを次々と再生した熱血監督は、ポツリとこういった。

 「それには『愛情』が必要やなぁ」

 まるで禅問答みたいだ。だが商売柄、いろいろな名将、智将に教えられ、学んだ。そして野村克也も村山実といういちずな投手に対して「あんまり長嶋だけに燃えるなョ」と助言していた。

 それは逆に、人間の脳を窮屈にしてしまうことになるということなのか。野村教授があえて説き続けた「ひまわりと月見草の葛藤」とは、何だったのだろう?

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