がんばろう関西!阪神・近本、阪神大震災から25年「野球で元気与えたい」 - SANSPO.COM(サンスポ)

がんばろう関西!阪神・近本、阪神大震災から25年「野球で元気与えたい」

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鳴尾浜で汗を流した近本。「1・17」を前に背筋を伸ばした(撮影・山田喜貴)  「1・17」の誓いだ。17日、6434人が亡くなった阪神大震災から25年となる。淡路島の津名町(現淡路市)出身の阪神・近本光司外野手(25)は生後2カ月で被災。16日は鳴尾浜で自主トレをし「野球で元気を与えていきたい」と約束した。

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 地面から突き上げられるような衝撃。けたたましいサイレンの音。まだ首も座っていなかった近本の記憶には残っていない。でも、手と手をつなぎ、志を一つにすればどんな困難でも乗り越えられることを肌で感じた。阪神大震災とともに年を重ねるからこそ、教訓として根づいていた。

 「僕ができるのはしっかり野球をやることだと思いますし、しっかり野球で元気とかを与えていきたいなと思います」

 淡路島の津名町(現淡路市)出身。震源地の北淡町の隣だった。1995年1月17日、午前5時46分。マグニチュード7・3の地震に襲われ、自宅のたんすが倒れた。

 「小学生、中学生の時はそういう地域の人から話を聞いたり、震災の記念館に行って、(地震の)すごさというのを体験、経験から感じることができました」

 「1・17」を迎え、すぐに脳裏に浮かんだのは大阪ガスに在籍していた2018年6月18日。大阪・北区などで震度6弱を記録した大阪府北部地震だった。高槻市や茨木市を中心にライフラインが寸断され、大阪ガスは復旧作業に追われた。

 近本は練習のため、参加することはできなかったが、日本中が復興に向けて一丸となる姿に心を焦がした。

 「会社として、いろんな(ところからの)要請だったりで(野球部も)応援で行ったりしていたんで。朝から夜中まで応援のところでサポートしたりしていたと(チームメートが)言っていた」

 直後の7月に行われた都市対抗でチームは初優勝。「地域の人たちに勇気とか与えられるようにと思ってやったこと」と、近本は首位打者と橋戸賞(最優秀選手)を獲得し、プロの道を切り開いた。無形の力はある。

 95年はオリックスが「がんばろう神戸」を合言葉にリーグ優勝に輝いたが、阪神は最下位に終わった。「自分のできることを精いっぱい頑張ることが周りに対しても元気を与える」。17日、鳴尾浜では球団関係者、選手たちが黙とうをささげる。がんばろう関西、そして今後は「がんばろう阪神」。昨季、36盗塁でタイトルに輝いた近本が勇気づける。(三木建次)

★1995年のプロ野球界

 セ・リーグはヤクルトが開幕から首位を走り、2年ぶりに優勝。阪神から移籍したオマリーが打率・302、31本塁打、87打点と大活躍した。阪神は46勝84敗で最下位。中村監督が途中休養し、藤田2軍監督が監督代行を務めた。パ・リーグはオリックスが阪急時代以来、11年ぶりの優勝。イチローが打率・342、25本塁打、80打点、49盗塁でMVP。首位打者、最多安打(179安打)、打点王、盗塁王、最高出塁率(・432)のタイトルを獲得した。日本シリーズはヤクルトが4勝1敗でオリックスを退けた。

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