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巨人・杉内、引退会見で涙「いつかすごい投手を育てたい」

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通算142勝の杉内が現役引退を決断。唇をかみしめ、17年間のプロ生活を振り返った(撮影・矢島康弘)  巨人・杉内俊哉投手(37)が12日、東京都内のホテルで記者会見し、現役引退を表明した。ソフトバンク時代の2005年に最多勝、沢村賞に輝くなど、通算142勝を誇る左腕は、15年オフの右股関節手術からの復活を目指していたが、近年は左肩痛のリハビリも続いていた。「松坂世代」の大物がまた一人、ユニホームを脱ぐことになった。

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 後輩の内海から花束を手渡され、杉内はあふれ出る涙をぬぐった。35分間の会見で、かみしめるように17年間の現役生活を振り返った。

 「若い選手と過ごす時間が増えて、心から後輩を応援するようになった。勝負師として、違うかなと感じました」

 切れのある直球とスライダーを代名詞に、現役最多の2156奪三振、同2位の142勝。ダイエー時代にはKO直後にベンチの壁を殴り、両手を骨折したほどの闘争心でマウンドに立った。輝かしい実績を残した一方で、近年はけがに泣かされた。

 15年10月に右股関節の形成手術を受け、17年には左肩痛を発症。我慢強くリハビリを続けたが、「これ以上は僕のわがままになってしまう」と自ら区切りを付けた。8月下旬に鹿取ゼネラルマネジャーに引退の意思を伝え、お世話になったソフトバンク・王球団会長や巨人・原前監督にも報告の電話を入れたという。

 投球技術やトレーニング論に卓越する左腕を慕う後輩は数知れない。現時点で引退後については未定だが、「野球が好きなので、いつかは、という気持ちはもちろんある。やるならば、すごい投手を育てたい」と指導者にも意欲を見せた。

 今後は地元の九州で恩師たちを訪問し、「バイクの免許を取って、伊豆とかに行きたい」とひそかな夢も披露した。スーツ姿の勝負師は、巨人のエース番号「18」を脱ぎ、柔和な笑顔に変わった。 (谷川直之)

鹿児島実高・久保克之名誉監督「また復帰できると思っていた。寂しい限り。(1998年の)甲子園でのノーヒットノーランは、監督生活の中でも記憶に残る一ページ。どんな形でもいいから野球界に残ってほしい」

ソフトバンク・王球団会長「股関節を故障したことから志半ばで退くことになり、大変残念だろうと思います。ゆったりしたモーションから切れのいい球を投げて、バッターが非常に苦労する投手でした。杉内君は球史に残る投手だと思います」

杉内 俊哉(すぎうち・としや)

 1980(昭和55)年10月30日生まれ、37歳。福岡県出身。鹿児島実高で2年夏と3年夏に甲子園出場。同夏は1回戦の八戸工大一高戦で無安打無得点試合を達成。三菱重工長崎を経て2002年ドラフト3巡目でダイエー(現ソフトバンク)入団。05年にはMVP、沢村賞などに輝いた。11年オフに巨人へFA移籍。12年5月30日の楽天戦(東京ドーム)で無安打無得点試合を達成。00年シドニー、08年北京両五輪、06、09、13年WBC日本代表。1メートル75、82キロ。左投げ左打ち。既婚。年俸2500万円。背番号18。

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