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【悼む】野村沙知代さん、何においても最優先は「野村克也」

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 「すみません。野村さんから電話なんですけど…」

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 何度、サンケイスポーツの野球デスクが困惑した顔で飛んできたか。沙知代さんは用事があるとき、なぜか野球班の席に電話をかけてきた。私の携帯番号は知っているのに、ほとんど使用されたことはない。

 それはプライベートでも同じだった。何度言っても、自宅の固定電話にかけてくる。しかも、誰が受話器を取ろうと、かけてきたくせに「あなた誰?」と聞くらしい。続けて「野村ですけど」。そこで大慌てになる-という図式だ。

 「ヤクルト・野村監督の奥さん」ではなく、野村沙知代さんとして一緒に仕事をしたのは、1996年アトランタ五輪のサンケイスポーツコラム「風と共にサッチー」を担当したときから。東京・世田谷の自宅に伺うと、大抵はピンクのネグリジェ姿。「この色が一番落ち着くんだから我慢しなさいよ」と言ってニヤリと笑う。

 歯にきぬ着せぬコメントでテレビ各局に引っ張りだこになった一方、いろいろと“本音”をしゃべりすぎて、多くの芸能人からバッシングされた。世間の沙知代さん評は「ど派手な服装の辛口コメンテーター」。ところが、もうひとつの顔はあまり知られていない。

 実は連日のようにワイドショーで取り上げられた1999年の騒動の最中、何度か呼び出されたことがある。何をお願いされるのかと、ビクビクしながら自宅に行くと…。

 「私はどう言われてもいい。でも、野球界のために“野村克也”は守らなければいけない。どうしたらいい?」。唇は震えていた。

 「私はね、いつも全力で家族を守っているの」が口癖。時間がないとき、自分の食事はお手伝いさんに作らせても、ノムさんと愛息・克則君の食事は自らが作る。何においても優先順位は「野村克也」が最上位だった。

 10年ほど前、何の連絡もなくサンケイスポーツ編集局に夫妻で現れ、騒然としたことがある。「近くで用事があったから時間つぶし」といいながら、手には数え切れないほどのネクタイが入った紙袋。私にくれたときと同様、「年をとるほど明るい色がいいのよ」とイタリア製の超高級ブランド品を配って歩いた。

 突然の訃報に接し、寿命について話をしてくれたことを思い出した。

 「アメリカの有名な医学博士に聞いたんだけど、人間の寿命なんてもともとDNAに組み込まれているらしいわよ。アナタは何歳で死ぬ、ってね。だから私はいつ、そのときが来てもいいように好きにたばこを吸うし、おとっつぁん(克也氏)が一日に10杯、ミルクと砂糖入りのコーヒーを飲んでも文句いわない。ただ…。もしも、こっちが早く逝くときは(克也氏に)手を握ってもらいたい、かな」

 人生最期の日、その思いをかなえた。希代の名将に「あの人が女房だからワシは野球のことだけ考えていられるんや」といわせたサッチーは、人生最後の願いを最愛の夫に託し、見事に成就させた。

 合掌。 (サンケイスポーツ編集局長・樋山純)

★96年アトランタ五輪でサンケイスポーツコラム「風と共にサッチー」再録 

 ようやく、彼女の出番がやってきた。

 YAWARAちゃん。私がまっさきに思い浮かべたのが「羽二重(はぶたえ)餅」だった。羽二重とは、シルクよりも緻密(ちみつ)できめが細やか、肌触り良く、光沢のある上質な白生地のこと。そこに柔らかさを加えた「羽二重餅」のよう。

 強さの秘密は、私より主人(ヤクルト・野村監督)の“プロの目”から見た方が的確だと思う。もちろん、天性の授かりもの(体)に努力、「好きこそものの上手なれ」というように、本人が柔道を大好きだったからこそ、ここまで来たんでしょう。

 大舞台。もちろん、金メダルを取ってほしい。でも、私にはひとつ気になることが…。いや、正確に言えば「できて」しまった。

 先日、恵本さん(柔道)のテレビ中継をみていた時。YAWARAちゃんの表情を撮ろうとテレビカメラが寄っていった。「一本勝ち」「金メダル…」。その瞬間、周囲は歓喜の渦。その時、YAWARAちゃんだけがテレビカメラに気がつくまで、何ともいえない“間”ができてしまったの…。

 一瞬の「女」が見えた。YAWARAちゃんが「女」の部分を見せてしまった。同じ生き物だからわかる。仲間の金は嬉しい。でも、日本全国が金メダルを期待している自分に対し、注目されなかった選手の金メダル。

 あの子に「世界の強豪からのプレッシャー」は皆無だと思う。しかし、予期せぬ「身内のプレッシャー」がかけられた。緻密で柔らかい“羽二重餅”は、自分でもわからない圧力にグニュッと押されて…。

 女ってそういう生き物。私たちぐらいの年になれば別だけど、基本的に女の相手は女。最近流行のエステも、ダイヤも毛皮も、きれいなカッコを男に見せたい…のではなく、同性の女に対して競うもの。コギャルの「援助交際」も「契約パパ」だって、理屈は全て一緒なんです。

 決戦を前に、YAWARAちゃんがほんの一瞬だけ見せた「女」と「プレッシャー」。男にはわからないだろうけど、五輪もそよ風、みたいな彼女に、大変な「女の風」が吹いてしまった。 (野村 沙知代)

風と共にサッチー

 1996年7月、アトランタ五輪期間中の特別企画として野村沙知代さんのコラムを連日掲載。当時、野村克也氏はヤクルトの監督。一方で沙知代さんはフジテレビ「笑っていいとも!」の本音トークで大人気を博していた。お茶の間の代表として「女性の五輪」「巨大化五輪」などといわれた祭典に鋭い感性で斬り込んだ。柔道女子48キロ級の田村亮子は決勝で敗れて、沙知代さんが危惧したとおり、銀メダルに終わった。

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