阪神・糸井、謎の進軍ラッパ「ジャンヌ・ダルク」で日本一へ大逆転だ! - SANSPO.COM(サンスポ)

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阪神・糸井、謎の進軍ラッパ「ジャンヌ・ダルク」で日本一へ大逆転だ!

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金本監督(後ろ)の見守る前で、フリー打撃を行う糸井。虎を引っ張る!(撮影・村本聡)  虎を導くヒーロー宣言!? 阪神・糸井嘉男外野手(36)が19日、20日の巨人戦(甲子園)に備えて、本拠地で全体練習に参加。前日に広島に敗れ、優勝が消滅してから一夜。再スタートの日に「ジャンヌ・ダルク」と3度、連呼した。2位確保、CS(クライマックスシリーズ)突破、そして日本一へ。言葉の真意は明かさなかったが、歴史的人物と同様、先頭に立って戦う覚悟…と言いたいはずだ!

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 --まだ室内の方で練習がありますんで…

 ベンチ裏から選手ロッカーへ通じる通路。スタッフが、待ち構える報道陣にやんわり“取材自粛”を伝えた直後だった。

 「ジャンヌ・ダルク」

 謎の言葉が聞こえてきた。声の主は間違いなく糸井。予期せぬ仰天フレーズに呆然とする記者など眼中にないかのように再び…

 「ジャンヌ・ダルク」

 さらに歩を進めて、ダメ押しのもうひと声…

 「ジャンヌ・ダルク」

 歴史上のあの超有名人のことなのか。3度、繰り返し、その後、糸井は報道陣の前に戻ってくることはなかった。

 どういう意味?

 そりゃ、誰もが思う。でも、こんなの本人しか分かるはずがない。不思議な世界に棲む男だ。突然、「バウバウ」と叫んだかと思えば、「賄賂」と言いながら5000円札を出して記者の質問を封じようとする。糸井ワールドは誰も説明などできないのだから。

 再スタートの日だった。練習前には甲子園の外野で円陣が。金本監督の檄に、背番号7も耳を傾けていた。

 前日の広島戦。一塁ベンチに座り、腕組みしながら胴上げを目に焼き付けると「リベンジしかない? そうですね」とつぶやいた。優勝を逃した悔しさはある。が、日本一の可能性はまだ残っている。虎の超人も思いを新たにしたはず。切り替えるしかない、と。

 いきなりロングティーを志願。不振から脱出する時も、好調を維持する時も、一番頼りにしてきた練習方法で、ターゲットをCSに定めたのだろう。打ちまくって、俺が引っ張る-。今は劣勢だが、必ず逆転する-。そんな思いを込めて。

 「引っ張る」

 「逆転する」

 2つのフレーズと、冒頭の糸井の言葉。世界史にあまり詳しくないあなたでも、思い出しませんか? フランスが生んだ、あの世界的ヒロインの実話を。

 英国との「100年戦争」で劣勢の母国フランスを救うため、軍旗を手に先頭に立って引っ張ったジャンヌ・ダルクの勇姿。そして、敵を打ち破った、あの歴史上の大逆転劇。ひょっとしたら、糸井は神のお告げ、ならぬ“FAのお告げ”でタテジマにやってきた、現代の奇跡のヒーローかもしれない。

 そう思って糸井のジャンヌ・ダルク宣言を聞くと、CSを勝ち抜いて、日本一になる猛虎の姿まで、見え隠れする。

 「右脇腹の筋挫傷」から1軍戦線に戻ったのが8月17日。スタメン復帰した翌18日から25試合連続出塁中で、連続安打も12試合続いている。9月は打率・379。まさしく虎を引っ張るヒーローだ。強敵カープを倒す。奇跡の逆転日本一ロードの扉が今、糸井によって開かれる!? (上田雅昭)

★糸井、今季の迷言!?

 1月31日、沖縄・宜野座キャンプを前に今年のテーマを問われ「一文字? じゃあ『超』!」。2月21日には外野でランニング中、フリー打撃中の福留の打球が右肘を直撃し、ひやりとさせたが「収穫や! 硬球は硬くて痛い」と笑わせた。広島との開幕戦(マツダ)を翌日に控えた3月30日には「ヤバい、震えている…。ウッソ、ピョン!」とにやり。4月12日のDeNA戦(横浜)で適時打を放った際には「ウエポン(上本)のヒット見たら、火ついてまうやろ!」と粋なコメントを残した。

★ジャンヌ・ダルクあらかると

 ◆舞台 2010年に堀北真希、14年には有村架純が主演を務めた。また1999年にはリュック・ベッソン監督、ミラ・ジョボヴィッチ主演で映画化された

 ◆政界 不倫疑惑で話題となった山尾志桜里議員は、昨年「保育園落ちた日本死ね」を国会の場で取り上げ、「民進党のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた

 ◆卓球 卓球の四元奈生美は卓球の地味なイメージを払拭すべく、斬新なユニホームなどでアピールし、「卓球界のジャンヌ・ダルク」に

 ◆歌詞にも 1978年、アリスの堀内孝雄のヒット曲「君のひとみは10000ボルト」には「二十世紀のジャンヌ・ダークよ」という歌詞が出てくる

ジャンヌ・ダルクとは

 15世紀、英国との百年戦争で敗北寸前にあったフランスを17歳にして勝利に導いた救世主。東部の農家の娘だったが「フランスを救いなさい」という神のお告げを受け、軍旗を持ち、先頭に立って英国軍のオルレアン包囲を打ち破った。19歳の時に英国で捕虜となり、宗教裁判にかけられて火刑に処せられたが、死後、ローマ法王の命令による裁判で1456年に名誉回復した。

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