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中日・山本昌、引退表明もあきらめない!残り3戦1軍マウンド目指す

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中日・山本昌、引退表明もあきらめない!残り3戦1軍マウンド目指す

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山本昌は報道陣を前にサッパリとした表情で引退について語った(撮影・森本幸一)  中日・山本昌投手(50)が26日、ナゴヤ球場で今季限りの引退を表明した。昨季、プロ野球最年長勝利記録を更新するなど「中年の星」と呼ばれたが、今季は未勝利。若返りを図るチームを目の当たりにし、決断した。背番号「34」を永久欠番とすることは固辞したことも分かった。通算219勝左腕が、残り3試合での50歳登板を目指す。

 山本昌の表情は、晴れやかだった。練習を終えると、引退について公の場で初めて言及した。

 「もうすぐ(引退の)記者会見がありますので。あんまりしゃべっちゃうと、ネタがなくなっちゃうんでね」

 この日は2軍練習に参加して、選手寮に来た落合ゼネラルマネジャーにもあいさつ。32年目の今季は、3月の初実戦で右膝を負傷して出遅れ。8月9日のヤクルト戦(ナゴヤD)で初登板も、わずか22球で左手の人さし指を突き指して、再び2軍へ。進退について悩むなか、24日の本拠地最終戦を観戦した。

 「若返りを推進しているドラゴンズの現状を目の当たりにして」「残ったらダメだと強く感じ、引退を決めました」と谷繁、和田、小笠原らがユニホームを脱ぐのを見て、決断に至った経緯を自身のHPに記した。

 25日には白井オーナーにも報告。永久欠番が検討される背番号「34」について総帥は「本人はそうは考えていないようなんだな」と固辞したことを明かし、「勉強して、指導者として戻ってほしいと思っている」と近い将来、コーチなどで現場復帰することを願った。

 1軍は残り3試合。本人は最後まで1軍マウンドをあきらめないことも明かした。

 「あした(27日)も来ます。全力で投げられないことはわかっていますけど、前回は嫌な降り方だったので、1人でも投げられるのであれば…」

 世界最年長勝利記録は米大リーグのジェイミー・モイヤー(元ロッキーズなど)が持つ49歳180日。最後の登板があれば、ミラクルがあるかもしれない。

 球団は来春3月に正式な引退試合を準備する意向。今後は解説者としてチームを見守っていく。だが、その前に、やり残した伝説に挑む。 (長谷川稔)

自身も今季限りで選手引退。この日がラストゲームだった谷繁監督「200勝もノーヒットノーランも節目で(マスクを)かぶった。『このおじさん、よく投げるな』と思っていた。独特の距離感があって、130キロを140キロに見せた」

2012年に山本昌に更新されるまで中日の通算勝利記録(211勝)を保持していた杉下茂氏「昨夜(25日夜)、電話をもらった。僕も50歳までやるつもりだったけど、球団の事情(59年に中日の監督に就任)で33歳までしか投げられなかった。彼はよく頑張ったね」

楽天・星野球団副会長「何よりも恵まれた体を親からもらっていた。球は全力投球しても遅かった。その遅い中で、いかにして威力のある球を投げて打者を抑えていくかというすべを覚えていった」

★10月2日最終戦

 中日は今季残り3試合。27日は試合がなく、28日ヤクルト戦(神宮)、10月1、2日の広島戦(マツダ)でシーズン終了となる。山本昌は8月11日に50歳となっており、いずれかで登板すれば自身の持つ史上最年長登板記録(49歳363日)を更新する。

山本昌(やまもと・まさ)

 投手。本名は山本昌広(やまもと・まさひろ)。1965(昭和40)年8月11日、神奈川県出身の50歳。日大藤沢高から84年D5位で中日入団。スクリューボールを武器に活躍し、最多勝3度、ベストナイン2度、最優秀防御率と最多奪三振を1度ずつ受賞。94年沢村賞。06年には史上最年長でノーヒットノーラン、08年には通算200勝を達成。1メートル86、87キロ。左投げ左打ち。年俸4000万円。背番号34。

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