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【ベテラン記者コラム(146)】ラグビー日本選手権のぬぐい切れない“軽さ”

【ベテラン記者コラム(146)】

ラグビー日本選手権のぬぐい切れない“軽さ”

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トヨタ戦で後半、トライを決め喜ぶパナソニック・福岡堅樹

トヨタ戦で後半、トライを決め喜ぶパナソニック・福岡堅樹【拡大】

 ラグビーの日本選手権が始まった。といってもトップリーグ(TL)のプレーオフトーナメント準決勝を兼ねてのものだが。2試合とも途中までクロスゲーム。後半、パナソニックがトヨタ自動車を、サントリーはクボタを突き放して決勝に進んだわけだが、熱のこもった好ゲームだった。

 試合内容はよかったが、さて、一般ファンはこれを「TL準決勝」として見たのか、「日本選手権」と認識していたのか。「そりゃ両方だ」と言う向きもおられるだろうが、どうしてもTLプレーオフに日本選手権が付け足された感は否めない。2017年度からプレーオフの4強対決が「兼日本選手権」となっている(19年度は新型コロナウイルスのため中止)が、兼の1字が入るだけで「日本選手権」の重みがなくなってきたと感じるのは筆者だけだろうか。

 かつて日本選手権は、名実ともに日本最高のゲームといってよかった。歴史をひもとけば、1961(昭和36)年1月29日、八幡製鉄と日大の間で日本選手権の前身であるNHK杯が実施され、全盛期だった八幡製鉄が50-13で勝ち、国内最初の“日本一”チームとなった。63年度に日本選手権へと移行。近鉄、八幡製鉄、同志社大、法大の4チームで日本一を争い、決勝は同志社大が18-3で近鉄を破って初代王者となった。

 翌64年度からは全国社会人大会王者とこの年から始まった全国大学選手権覇者による激突。日時も1月15日の成人の日と、オールドファンには懐かしい大会方式が定着した。95年(94年度、神戸製鋼102-14大東大)まで成人の日開催が続き、旧国立競技場を6万人の超満員にするなど、冬の風物詩として人気を博した。ただ、学生と社会人の実力差がつき過ぎて、ワンマッチ方式は96年度が最後となった。

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