2021.4.28 12:00

【ラグビーコラム】「“ラグビーの子”が好きだった」兵庫の名物店主、上門俊男さん

【ラグビーコラム】

「“ラグビーの子”が好きだった」兵庫の名物店主、上門俊男さん

特集:
ノーサイドの精神
神戸製鋼の2018年度トップリーグ優勝時に撮影された記念写真に写る上門俊男さん(前列右から3人目)

神戸製鋼の2018年度トップリーグ優勝時に撮影された記念写真に写る上門俊男さん(前列右から3人目)【拡大】

 【ノーサイドの精神】トップリーグ1次リーグの激戦が繰り広げられていたこの春、悲しい知らせが飛び込んできた。兵庫・尼崎市のラグビー用品店「ウエカドスポーツ」の経営者、上門俊男さんが74歳の誕生日を迎える前日の2月24日に亡くなった。

 筆者も含め、この人のお世話になったラグビー関係者は数知れない。

 妻の真弓さん(64)は結婚するとき、こう言われたという。

 「億万長者にはしてやれん。でも、人と人のつながりという意味では億万長者になれる」

 店には上門夫妻を「兄さん」「姉さん」と慕う多くの高校生らが集まってくる。「うちに来る子を腹を減らしたまま帰らしたらアカン」と、グッズ販売の代金よりも近所の店で食べさせるお好み焼きの代金が高いこともしばしば。ある学生の「明日の試合で使うスパイクのポイントがない」という話を聞き、午後9時すぎに数十キロ離れた明石市の自宅まで車を飛ばしたこともあったという。

 「ラグビーというより『ラグビーの子(やっている人間)』が好きやったんやろうね。いつも何かしてあげたいと思っていた」と真弓さん。

 そんな人柄にひかれ、取引先のチームは関西に限らず、全国各地に広がる。が、地元の報徳学園、神戸製鋼への思い入れは特別だったようだ。時間さえあれば、グラウンドに足を運び、フルーツなどを差し入れることもあった。

 大商大高でラグビーと出会い、大商大、大阪クラブでプレーを続けた上門さんは大学卒業後、ラグビー用品の販売を始めた。最初は店を持たず、車にグッズを積み込み、各チームを回った。そんな若者を最初に受け入れてくれたのが、この両チームだったのだ。

 このため、神戸製鋼との関わりは40年以上になり、日本選手権V7の黄金期、低迷期とチームの歴史を見つめてきた。それだけに2018年度のトップリーグで03年度以来、15季ぶりの復活優勝を果たしたときのうれしさは格別だった。

 試合後、上門さんはグラウンドで歓喜に沸く選手、スタッフたちの前から姿を消している。当時の主力だった元ニュージーランド代表SOダン・カーターがそれに気づき、「ウエカドはどこだ。ウエカドは」と声を上げ、スタッフが探しに行くと、ロッカー室で号泣していたという。

 上門さんの思いは無名の高校生だけでなく、世界的スターにも届いていたのだ。神戸製鋼で選手、監督、GMとして活躍し、16年10月に53歳で亡くなった「ミスターラグビー」平尾誠二さんからも絶大な信頼を寄せられていた。

 店には、このときに撮影された記念写真が選手のサイン入りパネル=写真=となって飾られている。そこには今にも泣きだしそうな「兄さん」の顔があった。(月僧正弥)